イルミナマイクロバイオーム
ワークショップ2016

健康と疾患に関わるヒト細菌叢解析の最適手法

季節の移り替わりを感じる秋晴れの空の下、イルミナマイクロバイオームワークショップ2016「健康と疾患に関わるヒト細菌叢解析の最適手法」を開催しました。

メタゲノム解析技術の発展に伴い、マイクロバイオームを健康と疾患のバイオマーカーとして応用する可能性への関心は大変高まっており、150名を超えるご登録をいただき、当日も多くの方にご参加いただきました。ワークショップは、すでにNGSを使った微生物ゲノム研究分野においてヒト細菌叢解析の手法を構築され、成果を挙げられている先生方をお招きし、そのアプローチ手法やノウハウを共有していただきました。


座長講演:「微生物統合データベース「MicrobeDB.jp」」

 いくつもの世界的なメタゲノム解析プロジェクトを経て、微生物の群集構造解析は単純な二群比較解析には適さず、超複雑系として微生物群集の関係性をとらえる必要があることが明らかになりました。現在5年目を迎える黒川先生のプロジェクトでは、微生物群集の関係性に着目し、さまざまな環境における微生物群集の関係性を定義、登録されたデータから簡単に新しい知識を生み出せるようなデータベースMicrobeDB.jpを構築しています。世界中の17万を超える様々な手法で取得された微生物データを、独自のプロトコールで再解析することで高精度な情報を蓄積されました。異なるプライマーを使用した16SrRNA遺伝子解析結果も、群集構造解析結果として再解析をすることで結果の比較が可能となります。後のディスカッションの焦点となった解析手法の最小限の共通化に対して黒川先生に解析策をご提案いただきました。

 

Alt Name
国立遺伝学研究所・生命情報研究センター 黒川 顕 先生
招待講演1:「糞便保存法と大腸内視鏡検査が腸内細菌叢に及ぼす影響」

 谷内田先生には、疾患と腸内細菌叢の変化についてご講演いただきました。最初に世界的にスタンダードとなっている糞便採取後凍結保存と比較し、常温保存でもメタゲノム解析に影響がないことを示されました。次に、大腸がん検査の一環で腸内細菌を取得する際、カメラ検査用腸管洗浄剤を飲んだ直後の採便が患者さんへの負担が少なくご本人の腸内細菌叢をよく反映していることを明らかにされました。こうして採取された試料をショットガンメタゲノムされた結果、多段階発がんのそれぞれのステージにおいて存在する菌種が異なることが明らかになり、がんの進行には遺伝子変異のみならず存在する腸内細菌種が関係することを示唆されました。

Alt Name
国立がん研究センター研究所・がんゲノミクス研究分野 谷内田 真一 先生

招待講演2:「腸内細菌を活用したワクチン開発、免疫療法、ヘルスサイエンスへの展開」

 先生のこれまでのご研究では、腸内細菌がマウスのアレルギー耐性や脂質代謝、ひいては免疫細胞の活性に影響を及ぼすことを明らかにされてきました。先生のゴールはヒトでも同様の事象を明らかにすることで、現在ヒトの健康と生活習慣、腸内細菌叢に着目し、東京都を中心に全国から広くサンプルを集めて健康な日本人の地域特性に着目したコホート研究を遂行されています。健康診断データ、疾患情報、血液、糞便、食生活、身体活動量をもとにマイクロバイオームおよび免疫、ならびに生体応答について解析し、腸内細菌と健康維持のための科学的根拠のある情報プラットフォームの整備を進められています。腸内細菌は常温保存された糞便試料を自動抽出装置にてDNA抽出し、16S rRNA遺伝子のv3-v4領域をターゲットに解析をされています。なるべく広くデータベースを活用できるよう、使いやすいミニマムプロトコールの整備を提唱されました。

Alt Name
医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチンマテリアルプロジェクト 國澤 純 先生
招待講演3: 「細菌叢データに基づく諸多様性解析:ヒト口腔細菌での取り組みを例に」

 東北大学メディカルメガバンク機構での口腔内メタゲノムのコホート研究についてご発表いただきました。歯科医師が問診と検診を行い、被験者から唾液、舌苔、歯垢を採取されています。環境内、腸内と比較すると口腔内微生物叢ほぼすべての細菌について種レベルの情報が既出です。今回は種レベルの集計を行ったため、16S rRNA遺伝子のv4領域を対象に解析を行われました。3人の健常人から採取したサンプルを使用した多変量解析の結果では、主要細菌叢は採取箇所・時間に寄らず個人においておおむね一定であることがわかりました。現在、微生物の多様性指標を使って口腔サンプルの保管方法別微生物叢解析を行われています。合わせて細菌間の相互作用を統計学的に評価することで、虫歯菌・歯周病菌の繁殖を微生物の共起・相反関係で説明できることを示されました。

Alt Name
琉球大学 研究推進機構 戦略的研究プロジェクトセンター 佐藤 行人 先生

パネルディスカッション:「健康と疾患に関わるヒト細菌叢解析の最適手法」

パネルディスカッションでは、ワークショップのテーマでもあるヒト細菌叢解析の最適手法とは何かについて、活発な議論が展開されました。過去のゲノムプロジェクトでは、プロトコール標準化の動きがあったものの結局まとまらなかった経緯があり、NGSでメタゲノム解析ができるようになった今、改めて考えるよいテーマとなりました。過去の反省を生かすと、世界的なプロジェクトの既知データと比較して得られたデータの有用性を証明できるプロトコールを参照にしながらも、標準化にこだわりすぎるのでなく、再現性を担保できるミニマムな要件を考慮し、そのプロトコールでできること、できないことを理解したうえで目的に合わせた最適なプロトコールを選ぶのが良いとの意見が出されました。最後に、パネリストの先生方から、今後日本からより多くの成果を生み出していくための戦略とアドバイスをいただき、ワークショップを締めくくりました。

ゲノム解析の黎明期には各プロジェクトで解析結果のデータベースができたため情報が全世界的に拡散してしまった。Referenceとして使った出せるデータは原則公開し、共有してほしい。データ共有することで研究は進展し、成果を社会に還元できる。日本人の健康は現在世界から注目されている。健康に寄与する腸内細菌に関する情報を出して、世界をリードしていきたい。
黒川 顕 先生

プロジェクトの目的によって使用するべきプロトコールは異なる。疾患に関わりのある菌叢を探索したい場合はショットガンメタゲノム解析が必要だが、新しいバイオマーカーの探索であれば16Sメタゲノムで十分。むしろ重視すべきは使用するプロトコールの利点・欠点を理解し、日本だけでなく、世界とのデータの比較可能なプロトコールを使うことである。その上で、データの品質を担保するために拠点施設でデータを取って返す、という枠組みを作成するのが理想的。
谷内田 真一 先生

ミニマムプロトコールを設けて、最低限の要件を揃えて腸内細菌の解析を行うと共に、一人の方から腸内細菌以外の健康や生体応答の関連する多くのデータを取得し、比較すれば、コホートの規模は大きくなくても統計的に興味深いデータが得られている。厳密な最適手法の議論よりもまずはミニマムプロトコールから始めて、結果を出すことが発展につながるのではないか。
國澤 純 先生

海外のデータと一緒に比較し、利用できるデータを出すことを重要視した。その上でラボでのスループットを上げるために海外プロジェクトのプロトコールを修正し、検証したうえで自身のプロジェクトで使用するプロトコールとした。その結果、16Sなら小さなラボでもかなりのサンプル数を扱えることを実証してきた。データ解析におけるバイアスなどに留意しながらぜひ取り組んでみてほしい。
佐藤 行人 先生

 


Alt Name
Alt Name