【要旨】
コヒーシンは真核細胞の染色体高次構造制御において中心的な役割を果たすタンパク質複合体であり、近年、ATP依存的にDNAにループ構造を導入するモーター活性を有することが示されている。コヒーシンは姉妹染色分体間接着因子として機能するが、ヒト、マウス、ショウジョウバエではコヒーシンが遺伝子のインシュレーター配列やエンハンサー領域に結合すること、さらにはコヒーシンの役割の一つは遺伝子の転写伸長反応の制御に関わることが明らかにされつつある。その役割はブロモドメインタンパク質BRD4や超伸長複合体AFF4など既知の転写伸長制御因子と密接に関係しており、発生・分化制御やがん悪性化において重要な役割を果たすことが示唆される。
近年の研究により、一部の遺伝子では複数のエンハンサー配列が寄与する1 MDを大きく超えるような超巨大なエンハンソソームが形成されること(スーパーエンハンサー (SE)と呼ばれる)がわかってきた。また、このようなSE上のエンハンソソームは液-液相分離と呼ばれる過程で作り出される不定形・動的かつ可塑性のタンパク質凝集体であることが注目を集めている。コヒーシンは核内で複数の役割を果たしているが、その一つはエンハンサーにおける転写伸長反応の制御であると我々は以下の成果に基づいて考えている。(i) コヒーシンおよびその制御因子の変異が先天性発生異常であるCornelia de Lange症候群 (CdLS) の原因である;(ii) 転写伸長の制御因子AFF4, BRD4の変異でもCdLS様の症状が引き起こされる;(iii)コヒーシン、AFF4, BRD4のいずれもエンハンサー領域に結合している。CdLS患者由来の細胞では発現異常が一群の遺伝子に見られ、その中にはSEをもつ遺伝子が多く見られる。ChIP-seq解析からはコヒーシン、AFF4, BRD4のSE上での結合位置には差異があることが判明している。またCdLSではそれぞれの結合量が変動していることも明らかになってきた。モーター活性を有するという観点で、コヒーシンはエンハンソソーム中で特異な存在である。では、このモーター活性はエンハンソソームでどのように用いられているのであろうか。イルミナ社のNextSeqを用いたゲノム解析と、極めて古典的なin vitroの転写再構成系を用いた解析から我々が現在、考えているモデルを議論したい。