2026年8月12日
予想とは異なる結果を示した腫瘍サンプルが見つかりました。
そのサンプルは、攻撃性が高く非常に不均一ながんである膠芽腫として分類された状態で、シュチェチンにあるPomeranian Medical Universityのバイオバンクに提供されたのもでした。しかし、イルミナのメチル化アレイを用いて開発された機械学習モデルでDNAメチル化プロファイルを解析したところ、そのサンプルは下垂体腺腫と判定されました。下垂体腺腫は、大半が良性で、膠芽腫とは生物学的特性の異なる腫瘍です。
研究チームがバイオバンク内でのサンプルの取り扱い経路を追跡した結果、膠芽腫患者と下垂体腺腫患者の2名が同じ日に処置を受けていたことが判明しました。サンプルには誤ったラベルが付けられていたのです。
独立臨床エピジェネティクス研究室のバイオインフォマティクス研究者であり、PhD候補者でもあるJan Bińkowski氏は、「このようなAIベースのソリューションは、診断プロセスを支援するだけでなく、データの妥当性確認にも活用できることが分かりました。データ品質保証の観点から見ても、非常に優れたアプローチです。」と述べています。
この事例は、生物学的な指紋としてのDNAメチル化パターンの有用性を示しています。腫瘍はそれぞれ異なるエピゲノム特性を持つことから、同研究チームのメチル化を用いた分類システムにより、サンプルが記録上の診断と一致していないことを検出し、最終的にラベリングのミスを明らかにすることができました。
この研究を率いるのは、Independent Clinical Epigenetics Laboratoryの責任者であり、大学のRegional Centre for Digital Medicineの研究ディレクターも務めるTomasz K. Wojdacz教授です。Wojdacz教授は約20年にわたり、DNAメチル化バイオマーカーとその医学への応用可能性について研究を続けてきました。デンマークをはじめとする欧州の研究機関でキャリアを積んだ後、ポーランドへ帰国し、2019年に同研究室を設立しました。
その目標は、当時なおエピジェネティクス研究の多くが基礎生物学に重点を置いていたポーランドにおいて、臨床エピジェネティクスを発展させることでした。
「当初の私の目標は、エピジェネティクス研究のトランスレーショナルな側面に取り組むチームを立ち上げ、その後、臨床エピジェネティクスという考え方のもとで、ポーランドおよびヨーロッパの研究者たちの連携を推進することでした」と、Wojdacz教授は語ります。
教授のリーダーシップのもと、同研究室は、ゲノミクス、エピゲノミクス、トランスクリプトミクス、バイオインフォマティクス、機械学習の専門家が集う学際的な研究グループへと発展しました。現在は、2つの主要な地域病院やポーランド全土の腫瘍学部、さらに他大学との連携を通じて、数百に及ぶ腫瘍サンプルを含む厳密に管理されたバイオバンクを構築しています。
メチル化からさらに多くを学ぶ
ほぼすべての細胞は基本的に同じDNA配列を持っていますが、その情報の利用方法は細胞ごとに異なります。DNAメチル化をはじめとするエピジェネティック修飾は、遺伝子の活性化や不活性化の調節に関与しています。がんはこうしたパターンを変化させるため、腫瘍の有無や種類、発生組織、さらには治療への反応に関する手がかりとなる分子的特徴を残すことがあります。
Wojdacz教授のチームは当初、Illumina Infinium HumanMethylation450 BeadChipおよびInfinium MethylationEPICアレイを用いて、腫瘍分類のための研究用機械学習モデルを開発しました。この汎がん分類システムは数千件のサンプルを基に構築され、がんの検出、腫瘍タイプの特定、さらに転移性がんにおける原発部位の推定を目的としていました。Bińkowski氏とWojdacz教授は、この研究成果をGenome Medicineで報告しています。
前向き研究において、この分類システムは、ゲノム全体にわたって戦略的に選択された数千の部位で高い再現性を持つ測定を提供する、メチル化アレイの有用性を実証しました。同チームによる神経膠芽腫の研究では、アレイベースの解析によって16例中15例で診断が確認され、さらに14例で神経膠芽腫の正確な分子サブタイプが割り当てられました。 これらの結果は、メチル化に基づく解析が、より精度の高い腫瘍の特性評価を可能にすることを示しています。これにより、疾患生物学への理解が深まり、がんのトランスレーショナル研究が推進されることが期待されます。
現在でも、アレイは大規模なサンプルコホート全体でメチル化を解析するための効率的な選択肢です。しかし、Wojdacz教授はその先にさらなる可能性を見いだしていました。
「マイクロアレイで解析できる約80万カ所のCpG部位だけを見ても、私たちはこのCpG部位のサブセットに基づいて、腫瘍分類システムや組織分類システムを開発することができました。それは、がん生物学の解明に向けた大きな第一歩でした。この技術を用いることで、液体生検から得られる腫瘍由来ではない循環DNAのメチル化変化さえ検出できるようになりました。これは、がん研究における革命でした」と教授は語ります。
そこで生まれた疑問は、1回の実験でゲノムと、DNAメチル化のゲノムワイドなパターンであるメチロームの両方を同時に解析できるとしたら、どのようなことが可能になるのか、というものでした。
5塩基シーケンスへの挑戦
この疑問を探るため、同研究グループはイルミナの5塩基シーケンス技術の初期導入ユーザーとなりました。この技術により、ゲノムバリアントとDNAメチル化の情報を同時に取得できるため、個別のアッセイを実施することなく、遺伝的変化と遺伝子制御との関係を解析することが可能です。
チームは16例の新鮮凍結神経膠芽腫サンプルを用いて5塩基シーケンスを評価し、その結果をMethylationEPIC v2アレイおよびOxford Nanoporeシーケンスと比較しました。神経膠芽腫は、腫瘍内の不均一性が高く、しばしば壊死領域を含み、断片化されたDNAしか得られない場合もあるため、この技術にとっては厳しい検証対象でした。
こうした課題にもかかわらず、5塩基シーケンスでは平均56× のゲノムカバレッジという安定したデータ収量が得られました。研究者らの直接比較では、この手法がゲノムとエピゲノムを統合的に最も正確かつ均一にプロファイリングできるように見える一方で、DNAメチル化測定の結果は、EPIC v2アレイによる結果とも高い一致を示しました。
「最も重要なのは、再現性、スケーラビリティ、そしてデータの精度です」とBińkowski氏は語ります。「現時点で5塩基シーケンスは、ゲノムとエピゲノムを統合的にプロファイリングするための最も有効な技術であると考えられます。」
この2種類の情報を同時に取得できることで、これまで別々に検討されていた研究課題に対する新たな答えが見つかる可能性があります。単一のデータセットには、1塩基変異などの小規模なバリアント、構造変異、コピー数変化、メチル化パターン、さらにそれらのシグナル同士の相互作用に関する情報が含まれている可能性があるのです。
Wojdacz教授にとって、このような情報の統合は大きな転換点を意味します。
「私たちは今、1回の実験でゲノムとメチロームの両方を、非常に費用対効果の高い方法で取得できる技術を用いて研究を始められるようになりました」と教授は語ります。「がんに限らず、さまざまな組織について全エピゲノムおよび全メチロームのデータが利用可能になるのも時間の問題です。」
ワークフローに再現性を組み込む
より多くのデータを生成することは、課題の一部に過ぎません。研究によって得られた分子バイオマーカーを信頼性の高いツールへと発展させるには、研究室やコンピューティング環境、さらには異なる集団においても、一貫して結果を再現できることが不可欠です。
シュチェチンの研究チームは、データ処理および解析基盤の一環として、Illumina BioInsight Platform Core(旧Illumina Connected Analytics)を活用しています。標準化されたクラウドベースのワークフローにより、ソフトウェアのバージョン、解析パイプライン、コンピューティングインフラ、あるいは解析パラメーターの違いによって生じるばらつきを抑えることができます。
「ワークフローを標準化することで、数十もの異なる研究施設でデータを生成しても、一貫した結果を得ることができます」とBińkowski氏は述べています。「これは研究の再現性を確保するうえで極めて重要です。」
このような一貫性は、特に機械学習において重要です。モデルのトレーニング、テスト、検証には、同一の条件で処理されたデータを用いる必要があります。そうでなければ、技術的な違いが生物学的に意味のあるシグナルとして誤って解釈される可能性があるからです。
同グループの取り組みは引き続き研究段階にあり、新たな分類システムやシーケンス手法が診療に活用されるためには、十分な検証と規制当局による審査が必要です。それでも研究者らは、包括的な分子プロファイリングによって、疾患リスクの評価、がんの検出、がんの発生起源やサブタイプの特定、治療反応の予測、さらには残存病変や再発のモニタリングが可能になる未来を思い描いています。
Wojdacz教授にとって重要なのは、より多くの情報を収集することだけではありません。最終的にプレシジョンメディシンを支えることができる、再現性の高いプロセスを通じて、その情報を生み出すことも重視しています。
「私たちは今、革命の入り口に立っています」と教授は語ります。「標準化されたメチル化アレイデータによって、がん研究が大きく変わる様子をすでに目の当たりにしてきました。そして今、5塩基シーケンスによって、標準化されたメチル化データとゲノムシーケンスデータを同時に取得できるようになりました。これは、疾患に対する生物学的理解を深め、プレシジョンメディシンを加速させる、強力な新たな視点をもたらします。」


