分子診断検査室におけるNGS導入を取り巻く環境の変化
はじめに
次世代シーケンサー(NGS)テクノロジーは、ヒトの疾患、特にがんに関連する変異に関連する変異の発見を加速させてきました。こうした研究成果の一部は、現在世界中の分子診断検査室で使用されているコンパニオン診断や自家開発検査(LDT)の基盤となっています。現在、こうした検査室は、NGSを用いたがん検査に関する規制や保険償還戦略の変化に直面しています。
先ごろシンガポールで開催されたイルミナユーザーグループミーティングでは、世界各国の主要なオピニオンリーダーが、現在および将来の腫瘍学におけるNGS検査のインパクトについてパネルディスカッションを行いました。パネリストには、 Northwestern University Feinberg School of MedicineのLawrence Jenning医学博士・博士、European Molecular Genetics Quality NetworkのSimon Patton博士、Lucence DiagnosticsのMin-Han Tan医学博士・博士、National University Hospital SingaporeのBenedict Yan医学博士が参加しました。会議の参加者は、新たな政府の検査基準からNGS検査の実施頻度に至るまで、さまざまな課題を取り上げた一連のアンケートへの回答を通じて、パネルディスカッションに参加しました。1 本稿では、世界の分子診断検査室におけるNGS導入を取り巻く環境の変化と、その普及を阻む課題について、パネリストが示した見解の一部をご紹介します。

左から右へ:Lawrence Jennings, MD, PhD, Attending Pathologist, Director, HLA and Molecular Diagnostic Laboratory, Northwestern University Feinberg School of Medicine; Simon Patton, PhD, Director, European Molecular Genetics Quality Network(EMQN); Min-Han Tan, MBBS, PhD, Founder and CEO, Lucence Diagnostics; Benedict Yan, MBBS, Pathologist, Head, Molecular Diagnostics Centre, National University Hospital.
Q:分子遺伝学検査室では、単一遺伝子検査からマルチ遺伝子NGSパネル検査への移行がどの程度のスピードで進むとお考えですか?
Lawrence Jennings(LJ):アンケート結果を見ると、回答者の多くは今後マルチ遺伝子NGSパネルへ移行すると考えています。検査室が単一項目の検査からマルチ項目NGSパネル検査へ移行する理由は2つあります。1つ目は、最終的には1つのサンプルについて複数の項目を解析する必要があると認識しているためです。2つ目は、複数の単一項目検査を実施するよりも、NGSパネル検査のワークフローの方がシンプルだからです。
Simon Patton(SP):NGSはあくまでも技術であるという点を忘れてはなりません。本当に重要なのは、どのような臨床的な問いに答えようとしているのかということです。その問いに答えるためにNGSパネルを用いる必要がなければ、あえて実施する理由はありません。例えば、その疾患に明確に関連する3つの既知の再発変異を検出する検査で十分な場合、より広範なNGSパネルを使用する必要はありません。重要なのは、適切な答えを導き出すために、適切なツール、すなわち適切な技術を活用することです。
LJ:また、どの結果を報告するのかという点も重要な課題になります。臨床的有用性の観点から、検査室の臨床担当者は、BRAF、EGFR、NRAS、KRASについてサンプルを解析することの臨床的意義を認識しているでしょう。もちろん、これらを同時に解析する方が効率的です。先ほどのアンケート結果(図1)が示すように、腫瘍専門医はより大規模なパネル検査を求めています。検査室が50遺伝子のターゲットパネル検査や170遺伝子の包括的パネル検査を実施する場合、次の課題は「どの遺伝子群をレポートに含めるのか」を判断することです。50遺伝子すべてについて報告するのか、それともKRAS、NRAS、BRAF、EGFRといった、より限定されたサブセットのみを報告するのかが問われます。
Min-Han Tan(MHT):私たちは複数の国で事業を展開していますが、理解しておくべき重要な点は、アジア、欧州、米国の間で償還制度が異なることです。アジアでは、高額な診断検査や治療薬の費用を患者自身が負担するケースが大半を占めています。そのため、多くのアジア地域では逐次検査が依然として重要な役割を果たしています。
一方で、検査手法は臨床現場の状況に適していなければならないという点には私も同意します。逐次検査が適切な選択肢となるケースは今でも存在します。例えば、生検組織の採取が困難な場合や、採取できた組織の品質が十分でない場合には、NGSパネル検査が明確な利点を発揮します。重要なのは、どのタイミングで、どの検査法が最大の臨床的利益をもたらすのかを見極めることです。
Q:アンケート回答者は、がんパネル検査に関する主な懸念事項として、臨床的意義不明の変異(VUS)、コスト、結果の正確性、結果の解釈を挙げています(図2)。これらについてどのようにお考えですか?
MHT:これは、がんパネルが生殖細胞系列検査なのか体細胞検査なのかによって異なります。生殖細胞系列検査における大きな課題の一つはVUSです。そして、その取り扱いは臨床医の知識やトレーニングの背景によって異なる場合があります。一方、体細胞検査では、VUSはそれほど差し迫った課題ではありません。なぜなら、臨床的なアクションにつながる変異の多くは比較的明確だからです。
LJ:特に、予期していなかった変異が検出された場合などは、結果の解釈が課題となります。このような場合は、「この変異の存在が判明した今、どのような対応を取るべきか」が議論の焦点となります。
SP:私が担当している技能評価試験(PT)では、精度が課題であるとわかっています。エラーは頻繁に発生しており、特に腫瘍学領域や、新しい検査法の開発・導入段階でその傾向が顕著です。現在、平均的なジェノタイピングエラー率は3%弱です。しかし、多数の新しい腫瘍学検査が導入された当初は、エラー率は25%程度まで上がっていました。つまり、検査結果の4件に1件が誤っていたということです。さらに懸念されるのは、これらが外部の精度評価(EQA)プログラムで得られた結果だったという点です。検査室は、それがEQA用サンプルであると認識した上で検査を実施していました。それでもなお、このようなエラー率が出ていたのです。では、実際の臨床現場でのエラー率はどの程度なのでしょうか。25%よりは低いと考えられますが、私たちが思っているよりもずっと高い可能性があります。

図 1:アンケート結果 - 腫瘍専門医はどの程度複雑な検査を求めているのでしょうか?1
Q:実施する検査を決定する際、報告可能な結果あたりのコストはどの程度影響しますか?
MHT:NGSパネル検査のコストは、医療制度や償還の仕組みによって異なります。米国の一部の医療制度では、NGSパネルは保険適用です。一方、アジアでは、NGSパネルの多くは患者の自己負担となっています。肺がんの場合は、NGSパネル検査により結果取得までの時間を短縮できるため、コスト削減につながる可能性があります。また、患者の処置を回避できるため、リキッドバイオプシーはコスト削減につながると考えられます。NGSパネルの妥当性が確立され、FDAやCFDAによる審査件数が増えるにつれて、明確な臨床的利益を背景に、NGSパネルの利用はさらに拡大していくでしょう。
Ben Yan(BY):コストは間違いなく重要な懸念事項です。最近の米ドル高の影響で、シンガポールでは試薬コストが上昇し、患者あたりのコストが50シンガポールドル増加しました。
LJ: コストよりも価値の方がはるかに重要だと私は考えます。コストは主としてベンダーによって決定され、試薬価格は市場に受け入れられる範囲内で設定されます。価格は、その検査が提供する価値はもちろん、償還制度や競合他社の試薬コストを反映しています。同等の価値を持つ2つの検査がある場合、コストは判断要素の一つになります。また、プラットフォームやワークフローの標準化といった要素も重視されます。
Q:参加者には、「がん患者のサンプルをいつシーケンス解析すべきか」という複数選択式の質問も行われました。選択肢は、診断時、再発時、非標的治療の選択肢がなくなった時、または実施しない、でした(図3)。回答は、診断時、再発時、非標的治療の選択肢がなくなった時の3つにほぼ均等に分かれました。この結果についてどう思われますか?
LJ:固形がんについては、これら3つのタイミングすべてでシーケンス解析を実施することに意義があると考えます。特に、診断時と再発時には実施すべきでしょう。
BY:血液がんの場合、白血病が寛解した後、かつ再発前にシーケンス解析を行うことが有用だと思います。解析によって、どの変異が残存しているかが明らかになる可能性があります。
LJ:移植後の骨髄検査や、患者が寛解した際にNGSパネル検査を依頼する臨床医もいます。ただし、ほとんどのNGSパネルは診断を目的として設計されており、検出限界は5%です。移植後や寛解期の検査では、微小残存病変(MRD)関連変異を標的とするよう特別に設計されたパネルが必要です。診断に使用される検査の大半は、MRD検査向けではありません。MRD検査では、パネルの検出限界が0.1%以下であることが求められる点を理解しておくことが重要です。

図 2:アンケート結果 – がんパネル検査に関する最大の懸念は何ですか?1
Q:現在、腫瘍変異負荷(TMB)検査は完全な予測指標とはなっておらず、TMB検査の種類によって結果が異なる場合があります。TMB検査用EQAについて、ご見解をお聞かせください。
SP:私たちはTMB検査用EQAの開発を計画しています。ご指摘のような理由から、現在、各検査施設がどのようにTMBを測定し、結果を解釈しているのかを把握するための調査を実施しています。依然として、「TMB-high」と「TMB-low」をどこで区別するのかは明確になっていません。例えば、10という値は恣意的なカットオフなのでしょうか。それとも妥当な基準なのでしょうか。また、TMBは単一の臨床検査に基づいて判定されるべきなのか、それとも2種類のTMB検査の比率に基づいて評価されるべきなのかといった疑問もあります。
私たちは、International Quality Network for Pathology(IQN Path)と協力しながら、TMB検査用EQAの開発に向けた検討を進めています。しかし、これが短期間で実現するとは考えていません。なぜなら、検査施設はTMBの測定方法に、臨床医はTMB検査データの解釈方法に悩まされているからです。
Q:NGSがんパネルの臨床的妥当性、臨床的有用性、および費用対効果を裏付けるエビデンスを構築するために、コミュニティとして何ができるでしょうか?
MHT:私たちは、質の高い結果と患者負担の軽減の実現を共に目指す、公的機関・民間企業の関係者や国際的なEQA機関で構成されるグローバルコミュニティです。臨床的妥当性や臨床的有用性に関するデータは、医師主導治験(IIT)、製薬企業主導試験、あるいは政府支援研究によって取得できるようになります。しかし、償還制度が地域によって異なることから、費用対効果の評価は容易ではありません。一般的に、費用対効果分析は各地域が独自に行います。費用対効果分析の分野で広く知られている英国のNICEによる優れた分析結果であっても、国が変わればその国の状況に照らして評価されることになります。
LJ: 結局のところ、すべては正確なデータに行き着きます。臨床的妥当性を確立するには、分析的妥当性が必要であり、臨床的有用性を示すには、その前提として臨床的妥当性が必要です。しかし現時点では、分析的妥当性に相当するNGSデータについて、臨床的妥当性を確証できるだけの信頼は得られていません。
生殖細胞系列分野にはClinVarデータベースがあります。これは、急速に発展するとともに、臨床的妥当性を評価する上で有用なリソースとなっています。以前はHuman Gene Mutation Database(HGMD)がありました。文献に報告された変異情報を手作業で収集・キュレーションしたデータベースでしたが、残念ながら、収載されている判定の約3分の2がオーバーコールでああったため、十分に有用とはいえませんでした。これに対しClinVarでは、検査施設が疾患関連変異と表現型との関係に関するデータを含むレポートを登録します。ClinVarは無料で利用できるアーカイブで、容易に検索でき、十分に注釈付け・分類された有用な変異情報を収載しています。
体細胞変異の分野でも、同様のデータベースを構築することは可能だと思います。実際、cBioPortalやOncoKBデーターベースが同様の試みに取り組んでいます。ここでの課題は、データを取り込むための標準化されたデータ構造を確立することです。
SP:臨床的妥当性を確立するためには、データと命名法の標準化が欠かせません。誰もが「同じ表現型に対する同じ変異」を指していることが前提です。この共通認識がなければ、どれほど優れたデータベースがあっても正しく機能しません。
また、ベストプラクティスガイドラインの策定は、組織として非常に重要だと考えています。私たちは患者にとっての最善を尽くし、正しい結果の提供を目指す検査室のコミュニティです。NGSパネルの導入に関する指針を改善するには、協力して取り組む必要があります。

図 3:アンケート結果:がん患者は、どの段階でNGSによるシーケンス解析を受けるべきでしょうか?1
Q:専門のリファレンスセンター以外でNGSの普及を進めるためには、どのような変化が必要ですか?
MHT:NGS検査を主流化する上で重要な要素の一つは、プライマリケア医のレベルでの検査実施です。米国では、Regeneron Genetics CenterとGeisinger Health Systemが協力し、予防可能で十分に理解されている疾患に焦点を当てたエクソームシーケンスについて、登録者25万人を目指しています。2目標は、年間10万件のエクソームのシーケンスおよび解析です。私たちは科学的な未来予測の領域に足を踏み入れていると言えるのではないでしょうか。その情報の意味は、臨床医への教育の必要性とともに進化し続けています。私たちは必ずしもそれを十分に実践できているわけではありません。実際、米国のような医療資源が豊富な国であっても、BRCA検査の3分の2は遺伝カウンセリングを伴わずに実施されていると報告されています。人々が結果を正しく理解し解釈できるようにするには、医療コミュニティとして、どうすればいいのでしょうか。むしろ、疾患予防について適切な対話ができるよう、臨床コミュニティと患者コミュニティへの十分な教育に注力すべきではないのでしょうか。Geisinger Health Systemは、既存の枠組みを押し広げ、人々との議論の基盤を築くという点で、正しい取り組みを進めていると考えています。
SP:遺伝学は今後、さらに主流の医療の一部になっていくでしょう。これは、この10年間におけるNGSの成長を見れば明らかです。特に腫瘍学の分野は、この5〜6年で大きく発展しました。私は、迅速検査が大幅に増加し、入院患者に対して遺伝学的検査が行われるようになると考えています。このような迅速検査は、患者ケアに関する意思決定の迅速化に役立つでしょう。遺伝学が一般医療の一部となるにつれ、臨床医への教育は益々重要になります。特に一般開業医(GP)への教育が重要です。実際に、一般開業医も遺伝学的検査のオーダーに関わるようになっています。
LJ:消費者向け遺伝学的検査(DTC検査)と入院患者の遺伝学的検査に共通しているのは、患者やその家族が検査結果を理解するには、遺伝カウンセリングが必要であるという点です。例えば、生殖細胞系列検査でFactor V Leidenのホモ接合体が見つかった場合、その結果は患者本人よりも、中年の女性で喫煙者である兄弟姉妹にとってより大きな意味を持つかもしれません。わざわざ検査を実施して変異を特定したのに、他の家族も同じ変異を保有している可能性や、それが健康に及ぼす影響については知らせないのでしょうか。BRCA検査を受けた場合、その家族にも情報を提供する責任はないのでしょうか。体細胞変異を対象とした検査であっても、生殖細胞系列変異が見つかり、偶発的所見が判明する場合もあります。
課題は、このような状況について患者や家族に助言できる十分な遺伝カウンセリング体制が整っていないことです。プライマリケアの現場において、プライマリケア医、フィジシャン・アシスタント(PA)、正看護師(RN)、上級実践看護師(APN)へのさらなる教育が必要です。
SP:そのための枠組みはすでに存在しています。なぜなら、BRCA検査は、体細胞と生殖細胞系列の両方の視点を持つ、最初の主流の遺伝学的検査だからです。これは臨床実践上の課題でもあります。この種の検査の臨床導入には多くのばらつきがあり、そのため教育が極めて重要になります。体細胞変異検査のみを実施し、生殖細胞系列変異や、変異が発見された場合の家族との情報共有については全く考慮していない検査室は多くあります。
LJ:例えば小児科では、がんを発症した小児の約10~15%が生殖細胞系列の素因変異を有しています。これは家族全体に影響を及ぼします。その点を考慮せずに、小児に対して単純に遺伝学的検査を実施することはできません。
まとめ
NGSは、世界中の分子診断検査室において不可欠なツールとなっており、今後もその重要性は高まっていくでしょう。臨床医や病理医は、単一遺伝子解析およびがんの多遺伝子NGSパネル検査が、患者の診断と治療にもたらす価値と利点を理解しています。しかし、NGSパネルが世界的に日常診療の検査として定着するためには、分析的妥当性を示すデータ、充実した臨床変異データベース、NGSパネル検査の償還戦略、そして臨床的妥当性を担保するためのベストプラクティスガイドラインが必要です。
参考文献
- NGSを活用したプレシジョンオンコロジー導入に関する会議参加者アンケート結果。シンガポール。2018年8月17日
- Regeneron。Regeneron Genetics Center and Geisinger Health System Collaborationについて。www.regeneron.com/sites/all/themes/regeneron_corporate/files/science/RGC_FactSheet_GHSCollaboration_Final.pdf. 2018年10月15日にアクセス。
