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認知症に関連する遺伝的バリアントをNCGGバイオバンクデータから網羅的に解析し、発症リスク評価につなげる

国立長寿医療研究センター (NCGG) 研究所 メディカルゲノムセンター センター長 疾患ゲノム研究部 部長 尾崎 浩一 先生

認知症に関連する遺伝的バリアントをNCGGバイオバンクデータから網羅的に解析し、発症リスク評価につなげる

認知症に関連する遺伝的バリアントをNCGGバイオバンクデータから網羅的に解析し、発症リスク評価につなげる

多くの関連遺伝子が存在する認知症や生活習慣病において、大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)などによる関連バリアントの発見とその重み付けを疾患リスク評価に使う研究が進められています。国立長寿医療研究センター研究所 メディカルゲノムセンターの尾崎浩一先生に疾患ゲノム研究の現在や将来像について伺います。

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Q. 最初に国立長寿医療研究センター研究所 メディカルゲノムセンターについて教えてください。

A. 老年病の疾患ゲノム研究、バイオインフォマティクス、バイオバンクによる試料、データの利活用業務を担っています。

国立長寿医療研究センター研究所は、加齢が最大のリスクとなる疾患、いわば老年病の病態解明や、その診断・治療、予防の方法の研究開発を行っています。メディカルゲノムセンターは、ゲノム医療の推進基盤として、主に疾患ゲノム研究とバイオバンク業務を担当します。私が所属する疾患ゲノム研究部は、国立長寿医療研究センター研究所バイオバンク(NCGGバイオバンク)の運営部門や管理部門、バイオインフォマティクス部門と連携して、認知症、循環器疾患、骨疾患、フレイルなどの多因子疾患を対象にゲノム、オミクス解析を行っています。

NCGGバイオバンクでは、国立長寿医療研究センター病院で認知症と臨床診断された患者さん約1万人、コホート研究で得られた約2万人の主に血液試料からDNA、RNA、血清などを抽出してデータ化し、デポジットし、他研究施設での利活用を推進しています。認知症はアルツハイマー型認知症が6割ほどで、ほかに前頭後頭認知症、レビー小体認知症、血管性認知症などの試料があり、一部は循環器疾患や糖尿病などの試料もあります。NCGGバイオバンクは国のナショナルセンターバイオバンクネットワーク(NCBN)に所属しています。

Q. 認知症関連遺伝子の研究はどのように進められていますか。

A. GWASにより主にアルツハイマー型認知症の関連遺伝子やそのバリアントを調べています。

国内外でバイオバンクの整備が進み、数万人以上を対象とするゲノムデータを集められるようになっています。その中で一塩基多型(SNPs)のようなゲノム上のバリアントを網羅的に検討する大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)、さらにはGWASデータのメタ解析などによって、疾患のなりやすさに関連する遺伝子群が明らかになってきました。

双生児における孤発性アルツハイマー型認知症(Late-onset Alzheimaer’s desease: LOAD)発症の研究からは、LOADは遺伝の影響が6〜8割と見積もられています。GWASを用いたLOADのバリアント解析からも、LOADは遺伝の影響が強いことが示唆されています。

私たちは全エクソーム解析の結果からLOADのリスクバリアント候補を選び出し、その後、LOAD患者4,563人とコントロール群16,459人の日本の大規模コホートの症例対照関連研究を実施しました。その結果、SHARPIN遺伝子の珍しいバリアントを見つけ、2021年に報告しました。1,2 SHARPINタンパクは炎症反応急性期の調節因子NF-κBの活性を調節するメディエーターですが、このバリアントによるタンパク質の機能変化が、ADの発症に関係するとされる炎症反応や免疫反応の減弱に関連していました。本バリアントは日本人にしかありませんが、欧米の大規模なGWASでSHARPIN遺伝子のコモンバリアントがLOADに関連するという報告が出てきました。

2020年には、LOAD患者271人、認知障害のない(Cognitively Normal: CN)成人91人、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)患者248人の計610の血液試料のRNAシーケンス解析から、血液中の好中球の割合の増加が認知機能低下と相関することを見出しました。また、LOADの発症に中心的な役割を果たすハブ遺伝子2個を同定し、これらハブ遺伝子と好中球の比率を用いると、高精度のリスク予測モデルとなることも報告しています。3

また最近では、10,000人規模のLOAD GWASによるアジア人に特徴的な新規LOAD関連バリアントの同定やその欧米人GWASデータとのメタ解析による新規民族間共通LOAD関連バリアントの同定、さらに全ゲノム解析を通した新規アジア人特徴的LOAD関連レアバリアント群の同定とその機能解明にも取り組んできました。4,5

 

Q. このような疾患ゲノムのバリアント解析や機能解析はどのように役立つのでしょう。

A. 創薬ターゲットの発見やドラッグリポジショニングに使える可能性があります。

疾患ゲノムのバリアント解析や機能解析を通じ、創薬ターゲットを見つけることができます。新薬開発だけでなく、ほかの疾患ですでに使われている治療薬が有効であるとわかれば、ドラッグリポジショニングを行い、治療や、場合によっては予防に使える可能性があります。

私たちもLOADのバリアント解析から、発症予防に有効かも知れない候補薬剤を選別しております。例えば、LOADの発症を10年遅らせられれば、患者さんご本人の生活の質を長く保つことができ、医療費やご家族の介護負担、国の総医療費などを大きく減らせます。

国立長寿医療研究センター研究所 尾崎浩一先生

Q. ポリジェニックスコア(Polygenic Risk Score:PRS)について教えてください。

数十〜数千の疾患関連遺伝子に重み付けを行い、統計処理によって疾患の発症リスクを評価するものです。

循環器疾患、糖尿病などの生活習慣病、認知症などは、遺伝因子と環境因子が関わる多因子疾患です。そのうち遺伝因子は生涯変わらないことから、数十〜数千に及ぶ疾患関連遺伝子に影響の大きさによる重み付けなどを行い、疾患の発症リスクを表すPRSが構築されつつあります。

かつてはSNPのGWASデータにおいて上位10個ほどの遺伝子バリアントを集めて評価するGenetic Risk Scoreが提唱されていましたが、現在は全ゲノム解析で明らかになった頻度の低いバリアントも含めて疾患リスクを評価するPRSが使われる方向になっています。

PRSを使えば、個人が持つ遺伝子バリアントの総数から、ある疾患を発症する遺伝的リスクを評価できます。また、ある疾患のリスクを持つ集団を特定して研究対象とするコホート研究も可能になります。

私が併任する理化学研究所生命医科学研究センターの研究で、バイオバンク・ジャパンの17万人(うち循環器疾患の患者さんは約2万6000人)と欧米人約48万人のGWAS データを統合した、民族横断型 PRSの構築にかかわりました。この研究結果からは、日本人あるいは欧米人のデータで個別に算出したPRS よりも民族横断型PRSのほうが正確な発症予測ができることが明らかになりました。6

PRSは民族で異なる可能性があるため、日本人サンプル数が多いほど日本人集団における正確性が高まります。ですから、解析のサンプル数を増やすことが最も大切です。現在、論文で発表されているPRSはその多くが欧米のチャンピオンデータで、日本人用PRSを出すためにはバリアントの組み合わせを変更したり、重み付けを変えたりしています。今後、さらに、統計処理を工夫し、トランスクリプトームの情報などを組み合わせていけば、違うアルゴリズムでさらに精緻なPRSを構築できるでしょう。

認知症のPRS に関しては、欧米ではいくつかのモデルが発表されているものの、合意されたものはまだありません。認知症の発症にも生活習慣病と同様、民族差があるため、日本人用のPRSを構築する必要がありますが、特に日本では循環器疾患や糖尿病に比べると研究規模が小さく、PRSの構築はまだ難しいのが現状です。NCGGバイオバンクが日本では認知症の試料を最も多く持っていますが、PRSの構築には欧米並みのコントロール群100万人、患者10万人ぐらいの規模が必要になると考えています。ただ、認知症は経過が長いため、診断までに時間がかかり、患者試料が集まりにくい。UK Biobankでは試料数を増やすために、親がアルツハイマー型認知症であれば、発症前の子どもの試料も加えて解析していると聞きます。PRSの構築に向け、スピードアップの方法を考え、解析方法を工夫していかなければならないですね。

将来的には、まず循環器疾患や糖尿病のPRSが疾患予防に使われる可能性があると考えています。循環器疾患では、遺伝因子の有無に関係なく、健康な人々に対する食事や薬を用いる介入が予防に寄与することが研究によって明らかになっています。PRSや治療経験、生活習慣などの情報を組み合わせたうえで疾患リスクの高い人を抽出し、介入すれば、さらに予防効果が上げられるはずです。米国ではPRSを活かして個人の生活習慣に介入するベンチャー企業も誕生しています。生まれた時からPRSが使えるようになればベストですね。それには遺伝差別などが起こらないよう、法律や規制の整備が必要になりますが。

 

Q. 今後、認知症の関連遺伝子やPRSの研究をどのように進めていかれますか。

A. 日本人の認知症のPRSの構築に向けて、さらに精緻なGWASを実施していきたいと考えます。

これまでに認知症の約2万の試料をSNPアレイでデータ化しています。可能であれば同じ試料の全ゲノムシーケンス解析でさらに精緻なGWASを実施し、精度の高い日本人の認知症のPRSを構築したいと考えています。試料数を増やすことも進めます。

一方で、認知症との関連が見えた遺伝子バリアントは、ほんとうに疾患に関係しているかをin vitroやin vivoで検証しなければなりません。現在、SHARPIN遺伝子についてはin vitroやノックアウトマウスで解析中です。また、遺伝子バリアントの機能修飾をする低分子など創薬の新しいターゲットを探す研究も行っています。

今後はさらにトランスクリプトームなど他のオミクス情報も加えて、大規模な臨床情報統合データベースが作ることもできればいいですね。

このような地道な研究の積み重ねによって、PRSを認知症の診断、予防、治療に使えるところまでもっていきたいと考えています。

現在、日本では疾患ごとに後ろ向き研究でSNPや全エクソーム、全ゲノムのGWASを行っています。今後、UK Biobankのように健常人の採血を行い、追跡していく前向き研究ができないとすれば、疾患バイオバンク自体を拡充していくことが重要だと考えています。

疾患ゲノム研究部の研究室に設置されているマイクロアレイスキャナーiScan™システムと尾崎浩一先生

参考文献

  1. A rare functional variant of SHARPIN attenuates the inflammatory response and associates with increased risk of late-onset Alzheimer's disease. Molecular Medicine 25 (1): 20 (2019).
  2. A functional variant of SHARPIN confers increased risk of late-onset Alzheimer’s disease, Journal of Human Genetics volume 67, 203–208 (2022)
  3. Identification of potential blood biomarkers for early diagnosis of Alzheimer’s disease through RNA sequencing analysis, Alzheimer's Research & Therapy volume 12, Article number: 87 (2020)
  4. Ethnic and trans-ethnic genome-wide association studies identify new loci influencing Japanese Alzheimer’s disease risk. Translational Psychiatry 11, 151 (2021).
  5. Whole-genome sequencing reveals novel ethnicity-specific rare variants associated with Alzheimer’s disease. Molecular Psychiatry 10 March (2022).
  6. Population-specific and trans-ancestry genome-wide analyses identify distinct and shared genetic risk loci for coronary artery disease, Nature Genetics volume 52, pages1169–1177 (2020)

 

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