アジアにおけるクリニカルシーケンス

アジア各国のクリニカルシーケンスの現状を探るシリーズ:第二回オーストラリア編

オーストラリア保健省アドバイザリー委員会(AHMAC)は、2016年にゲノム医療推進に向け、協調性と一貫性を向上させるために、ハイレベルでの政策枠組み策定を指示しました。結果として、Australian National Health Genomics Policy Framework 2018-2021(参考文献1)が策定され、5つの戦略的優先項目として、患者を中心としたアプローチの支援、ゲノム医療に携わる人材の育成、持続可能かつ戦略的な投資の確保、安全性および品質の確保、ゲノムデータの責任ある収集、保管、利用および管理が特定されました。

この枠組みにそって、オーストラリアでは、複数の大規模ゲノムイニシアティブプロジェクトが進行しています。Australian Genomics Health Alliance(参考文献2)は、オーストラリア全国80の研究機関が参加する共同研究体制で、診断プロセスの変革に必要となるエビデンスの提供、医療従事者への情報提供、臨床の場でのゲノム情報活用方法の提示を目的としています。同団体の提言は、4つの主要プログラム(参考文献3)(図1)から構成され、重要疾患であるがん、および希少疾患の2領域を、ゲノム医療実装のモデルとして選定しています。
オーストラリア政府は、国民の健康および保険医療制度の持続に向けて、200億ドル規模の投資となるMedical Research Future Fundを設立しました。同基金を通じて、ゲノム研究を臨床試験に取り入れたAustralian Parkinson’s Mission(資金調達3,000万ドル)や、先天性心疾患の遺伝的要因のさらなる理解を目指すHeartKids Projects(資金調達2,000万ドル)といったさまざまな研究プログラムが資金提供を受けています。2018年には、Australian Genomics Health Futures mission(参考文献4)として、今後10年で5億ドルを投じると公表し、ゲノム技術を通じて、20万人超のオーストラリア人がより長く、より良い生活を送られることを目指しています。この構想の最初のプロジェクトとして始動した「Mackenzie’s Mission」は、脊髄性筋萎縮症といった希少かつ深刻な先天性疾患に対し、キャリアスクリーニング検査を実施する2,000万ドル規模の研究プロジェクトで、子供を持つ上で難しい選択を迫られる数百組の夫婦にとって、重要な情報を提供し希望を与えています。もう一つの活動は、Zero Childhood Cancerプログラムで、5,000万ドル以上の資金を調達しました。高リスクまたは再発性の小児がん患者に対する個別化医療の提供に向けて、オーストラリアの主要な臨床および研究グループを結集し、ゲノムや他の革新的な技術を活用することで、小児がん患者一人一人に合った治療薬の特定を目指します。

特に、ビクトリア州には非常に明確に定義され、成熟したイノベーションとヘルスアライアンス戦略があります。同州はいち早く、積極的にバイオメディカル地区を創設しており、主要な臨床および民間の研究機関が集結し、科学イノベーションを駆使しながら医療システムの標準治療を向上させる任務に共同で取り組んでいます。ビクトリア州政府は州のゲノムシーケンス能力を構築するために、Melbourne Genomics Health Allianceに対して2,500万ドルの資金を提供しており、2017から2018年には、小児および成人の希少疾患や未診断疾患のゲノムシーケンスに対する公的支援として、830万ドルを割り当てました。イルミナは先日、メルボルン大学とのゲノムイノベーションにおける戦略的パートナーシップを発表しました。まずは、プレシジョンオンコロジーや臨床研究パートナーシップ、バイオインフォマティクスとAI、医療経済学、医療保健サービス実施研究の分野を中心に協働します。

オーストラリアでは毎年、50万件を超える分子検査が50以上の認定病理検査室で実施されています。検査の種類は、SNPや一遺伝子解析から、マルチ遺伝子パネル、全ゲノムシーケンスまで、さまざまです。最大規模のゲノムシーケンスセンターの1つはAustralian Genome Research Facilityで、業務範囲は5州におよび、DNAシーケンス関連のインフラの大部分はメルボルンに集中しています。メルボルンの検査室は、ビクトリア総合がんセンターにあり、年間で約15,000のヒトゲノム、あるいは臨床レベルの140,000のエクソームを処理できるシーケンス能力を有し、オーストラリア国立試験認可者協会から認証を得ています。オーストラリアの公的医療保険制度であるメディケアでは、次の2分類に該当するDNA検査が保険適用となります。1)臨床所見を確認するための診断検査、2)患者本人は無症状だが、症状が判明している別の人物の遺伝的な第一度近親者である場合のスクリーニング検査。MBS(メディケア給付スケジュール)では、各DNA検査に対する払い戻し率の詳細な内訳を記載しています。その一例として、乳がん、または卵巣がんと診断され、これらのがんのリスクを増大させる遺伝的変異を持つ可能性が高いと評価された女性に対して、最大7種の遺伝子 ( BRCA1, BRCA2, STK11, PTEN, CDH1, PALB2, および TP53 ) 検査で、メディケアは1,200ドルの払い戻しに応じることができます。

オーストラリアでは、すでにプレシジョンメディシンが進行中で、近い将来、素晴らしい方向へと発展すると考えられています。プレシジョンメディシンの促進に向けて態勢が整っており、世界有数の保険医療制度および、ゲノム研究、プライマリーケア、データと倫理の分野における豊富な専門知識を有しています。課題の一つとして、間違いなく、さまざまな倫理上そして物流面での問題が生じるでしょう。それによって、National Health Genomics Policy Frameworkでも強調されたように、ゲノム医療に必要な人材育成の必要性、社会的および倫理的問題を敏感に対処する必要性、真の意味での継続的な公の協議の必要性が高まるでしょう。こうしたことは、近い将来プレシジョンメディシンに邁進する際の貴重なリソースとなります。

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図1: Australian Genomics Health Allianceは、ゲノム医療推進への政策提言の策定を支援するために、4つの重要分野で研究プログラムを実行しています。

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