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COVID-19サーベイランスをリードするユタ州公衆衛生研究所

ユタ州保健局の公衆衛生研究所は、COVID-19の全国的サーベイランスに協力するため、SARS-CoV-2のシーケンスを開始し、迅速に運営体制を強化しました。

COVID-19サーベイランスをリードするユタ州公衆衛生研究所
2021年2月10日

ユタ州保健局の一部門であるユタ州公衆衛生研究所(PHL)でNGSおよびバイオインフォマティクスを担当する最高科学責任者兼ディレクターであるKelly Oakeson氏は、当時を次のように振り返ります。「2019年12月か2020年1月に、初めてSARS-CoV-2の一報を聞いたとき、私たちは『さあ、シーケンスが必要になるぞ』といった感じでした。細菌の研究から得られた多くの知見を生かせることが分かっていましたので、すぐに検査に取り掛かりました。地域レベルで役立つだけでなく、全国レベルのサーベイランスにデータを活用できることも分かっていました。」

ウイルスの同定を始めた当初は、医療施設にウイルスを持ち込んだのは個人なのか、地域の特定の集団なのか、またウイルスを封じ込めるためにはどのような対策を講じるべきか探ろうとしました。

最初は、Oakeson氏の部下でたった1人のウェットラボ科学者であるAnna Sangster氏がSARS-CoV-2のすべてのシーケンスに加えて、細菌分離株や診断検査に対応しました。「Annaは研究所に戻り、取りつかれたように1日12時間働きました。本当によくやってくれました。」同様に、たった1人のバイオインフォマティシャンであるErin Young氏は、研究所独自の解析パイプラインを開発しました。「SARS-CoV-2のために生成したデータを実際に解釈できるよう、急ピッチで一から開発してくれました。」

NGSによる解析はウイルスの拡散を追跡、遅延、予防する最も効果的な手法の一つです。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査の方が一般的ですが、NGSによる解析は精度、特異度の点で優れていることが示されています。ウイルスの由来、感染、変異株の進化、患者が複数感染の影響を受けた可能性があるか確認できます。感染に関する情報は、公衆衛生当局がクラスターの発生を見極めるのに役立ちます。広く適用されれば、制限を実施するか解除するか判断する指針となります。

Oakeson氏のチームはすぐに行動を起こす必要がありました。時には大きなプレッシャーを感じて眠れない夜を過ごすこともありましたが、早急に体制を強化し運用を拡大できたことに、Oakeson氏は胸をなでおろしました。チームはCOVIDSeqを実施し、検証した最初の公衆衛生研究所となりました。2020年の間に、同研究所は2人目のバイオインフォマティシャンと、さらに2人のウェットラボ科学者を雇うことができました。また、各種装置も拡充しました。現在は、MiSeq™ システムを3台、NextSeq™ 550 システムiSeq™ 100 システムNovaSeq™ 6000 システムをそれぞれ1台、これらに必要なすべてのリキッドハンドリング装置を所有しています。さらにハードウェアと、同氏いわく「とてつもなく速い」DRAGEN™ サーバーも購入しました。

今では、シーケンス処理能力において、米国でも有数の公衆衛生研究所の一つとなりました。「私たちはシーケンスプログラムを拡大し、全米でも公衆衛生研究所のモデルとなるまでに成長したのです。」

米国では全国的なサーベイランスシステムが構築されていないため、個々の研究所がNGSやサーベイランスの取り組みで優れた成果を上げるには、既にサポートやインフラが整っている必要がありました。

Oakeson氏の場合、こうした条件以上のものがそろっていました。同氏が研究所に着任したわずか5年前は、たった1台のMiSeqシステムと1人のスタッフがいるだけだったにもかかわらず、ユタ州保健局の強力なサポート、インフラ、リーダーシップに恵まれました。研究所は小規模でしたが有能で、シーケンスプログラムを確実に実行して病原性微生物を探索し、食品由来疾患のサーベイランスを行うCDC PulseNetプログラムにも参加しました。また、抗菌薬耐性を検出するためにシーケンスを行うことで病院や長期療養施設に貢献したり、感染症の調査に参入したり、米国赤十字社が血液由来病原体の発生源を特定するのを支援したりしました。

必然的に、Oakeson氏の研究所はコロナウイルスの解明に従事する複数の組織と関わりを持つようになりました。CDC Advanced Molecular DetectionプログラムやCDCのSPHERESコンソーシアム(Sequencing for Public Health Emergency Response, Epidemiology and Surveillance)といった公的な組織もあれば、200人のメンバーを擁するState Public Health Bioinformatics(StaPh-B)ワークグループのような民間の組織もあります。CDC Advanced Molecular Detectionプログラムでは、Oakeson氏のチームが米国山岳部の7つの州にウェットラボでのシーケンスやバイオインフォマティクスについて教えています。StaPh-Bワークグループでは、公衆衛生分野のバイオインフォマティシャンや研究室従事者が日々の問題についてSlackで話し合っています。「私たちは知識の良き管理者となり、知識を広め、できるだけ多くを共有しようと努めています。」

2021年2月時点で、SARS-CoV-2のシーケンスにおいて、米国は他の37カ国に遅れをとっています。陽性症例の5%にシーケンスを実施することが標準となっており、英国のようにシーケンスの実施率が7%~10%と高い国がある一方で、米国では全症例の0.3%にとどまっています。上海で MiniSeq システムを用いて初めてウイルスをシーケンスしてから1年後の2021年1月、WHOはSARS-CoV-2ウイルスの定期的かつ組織的なシーケンスを増やすよう世界各国に勧告を出しました。

2021年に入り、3種の新規変異株が拡散する中、シーケンスの喫緊の必要性は高まるばかりです。特にB.1.1.7は増加しており、イルミナはHelixおよびCDCと連携して、米国に初めてB.1.1.7が持ち込まれてから74症例を同定しました。Oakeson氏の研究所はB.1.1.7の2症例を同定しており、現在は精力的にP.1およびB.1.351の検出を進めています。

私たちは知識の良き管理者となり、できるだけ多くを共有しようと努めています。

今のところ、承認済みの3種のワクチンは新規変異株にも効果があると考えられています。しかし、ウイルスの詳細を把握しておくことが大切です。将来の変異に対してワクチンが効かず、診断法やワクチンの改良が必要になる可能性があるため、ワクチン普及後も世界的なゲノムサーベイランスは継続する見込みですし、継続しなければなりません。Oakeson氏はこれを、翌年のインフルエンザワクチンを調製するために毎年十分な量のインフルエンザウイルスをシーケンスする慣習に例えました。「シーケンスは、新規変異株に対して追加接種が必要かどうか判断するための唯一の手段なのです。」

今後、ウイルスをシーケンスする取り組みを将来のパンデミックに備えたインフラの構築に役立てたいとOakeson氏は考えています。さらに、研究所の機能を生かして、環境中で得られる遺伝物質のシーケンスも行う予定です。「シーケンス処理能力が増大した今、広く普及しつつあるディープショットガンメタゲノミクスにも対応できます。」微生物起源の追跡(人や野生生物による水質汚染の調査)を実施し、また今後も新生児のスクリーニングおよび乳幼児突然死症候群(SIDS)のマーカーの探索、研究および医療全般へのゲノミクスのさらなる活用を継続していく予定です。

「医療、公衆衛生、医学のあらゆる側面にゲノミクスを活用できない理由はありません。これからもウイルスの発生は増えていくでしょう。今よりも厄介な細菌が出現するかもしれません。薬剤耐性菌や薬剤耐性酵母に大きな懸念が寄せられています。これらのメカニズムや、抗生物質がどのように作用するのか解明し、次なるパンデミックに備えてサーベイランスを実施する必要があるでしょう。」

Oakeson氏は、自身がウイルスを解読し、その秘密を探っているように、一般の人々にも理解や認識を新たにしてほしいと考えています。「ゲノムシーケンスによって、私たちは病原体の動きや拡散を防ぐ方法を知り、行動に変化が起こり、このことが他者への思いやりにつながります。人、動物、環境、すべてはつながっているのです。このような共同体意識、一体感や連帯感を失わないようにしたいものです。」