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「トリプルデミック」発生時に病原体サーベイランスが重要な理由

アリゾナ州立大学(ASU)のViromicsラボでは、3つの新たなRSVワクチンの開発にあたり、多くのバリアントを同定しています

「トリプルデミック」発生時に病原体サーベイランスが重要な理由
Virologist Dr. Efrem Lim and researchers at ASU’s Lim Lab | Photo: Andy DeLisle/Arizona State University
2023年9月14日

アリゾナ州立大学(ASU)のウイルス学者であり、Biodesign Institute Center for Fundamental and Applied Microbiomicsに所属しているEfrem Lim氏によると、インフルエンザ、SARS-CoV-2、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)感染症が同時に急増した2022~23年の「トリプルデミック」の流行期は特にアリゾナ州に悪影響をもたらしました。「このトリプルデミックが格別に珍しかったのは、RSウイルスとインフルエンザの流行期が通常の時期よりも約1~2ヶ月早かったことです。そして、この2つの流行期が重なり合ったことで、医療システムに非常に大きな負担がかかることになりました」

このトリプルデミック時期における課題の1つは、インフルエンザ様症状のある人に正確な診断をつけることでした。ウイルス性呼吸器感染症は特に誤診しやすい上に、COVID-19のパンデミックが問題を悪化させました。RSVに感染した高齢者に誤ってインフルエンザの治療が施されると、適切な治療が遅れ、病状が悪化するリスクが高まり、不必要な抗生物質の使用や不適切な標的に対する抗ウイルス薬、入院期間の延長、感染リスクの高い他の家族やコミュニティの人々への感染拡大リスクの増加につながる可能性があります。

2023年5月、GSKPfizerは、60歳以上の成人向けに2種類のFDA承認済みRSVワクチンを初めて発売しました。2023年8月には、RSVによる死亡リスクが最も高い乳児を保護するため、FDAは妊婦向けのPfizer製ワクチンを承認しました。「ワクチンは大変革をもたらしています」ASU School of Life Sciencesの准教授であるLim氏は述べています。「これは一大事です。RSVのワクチンはこれまで存在していませんでした」

Dr. Efrem Lim | Photo: Andy DeLisle/Arizona State University

Lim LabはASUのテンペキャンパスにあります。この中規模のCLIA認定ラボには、2台のIllumina NextSeq 2000装置が装備されており、ゲノミクスを利用してヒトに感染するウイルスの研究を行っています。また、州人口の大半が居住するマリコパ郡の主要な病院から得た臨床的に重要な検体をシーケンスし、アリゾナ州公衆衛生局および疾病管理予防センターにその結果を報告しています。これらの病院は現在、国立呼吸器腸内ウイルスサーベイランスプログラムを通じて、RSV関連の入院に関するデータを収集しています。Lim氏は、RSVワクチンに対するコミュニティの認識を高めたいと考えており、ワクチンが長期にわたって予防効果を維持していることを確認するためのゲノムサーベイランスの重要な役割について強調しています。

Lim氏と彼のチームは、2022年11月から2023年4月にかけて、トリプルデミックの渦中にアリゾナ病院の症例から100個のRSV-A検体と27個のRSV-B検体を用いてシーケンス研究を実施しました。

イルミナのRespiratory Virus Oligo Panel(RVOP v2)ハイブリッドキャプチャーを使用して、研究チームはCt < 33のウイルス量に対して100%のゲノムカバレッジを達成しました。「それは驚くべきことです」と、Lim氏は述べています。「通常、特にサンプルのウイルス量が非常に少ない場合、完全なゲノムカバレッジを得ることは困難です。ですから、感染患者に関するできるだけ多くの情報をウイルスから取得しようとするなかで、この製品の感度が上がったことは非常に有望といえます。

研究チームはサンプルのシーケンスを行い、どのRSVのサブタイプが存在しているかを判断し、それがどのように進化し、拡散しているかの手がかりを得ました。次に、これらのシーケンスをウイルスゲノムのワクチンがターゲットとする部分にマッピングし、検出漏れにより問題を引き起こす可能性のある変異があるかどうかを調べました。具体的には、抗体と相互作用する表面タンパク質の曝露に関与すると予測されるウイルスゲノムの一部を調べました。

変異の発見
RSVワクチンは、ウイルスのFタンパク質抗原部位を標的とします。Lim氏は説明します 「私たちにとって理想的な条件として、Fタンパク質に変異が発見されなかったことがあります。これはつまり、ワクチンには問題がなく、恐らく効果があるということです。残念なことに、この事例では、コミュニティ内に存在していたこれらのウイルスにすでに変異が見られ始めていました」 Lim氏と彼のチームは、RSV-Aに7つ、RSV-Bに5つの異なる変異を発見しました。これらの特定の変異がワクチンの反応に影響を与えるかどうかは不明です。「これについては、想定外でした。変異は恐らく1つか2つと想定しており、まさかこれほど多いとは思っていませんでした。しかし、変異は自然に起こるものです。すべての変異が問題を引き起こすわけではありません。しかし、問題を把握し、それに応じてワクチンを更新するためにはシーケンスサーベイランスを続ける必要があります」

このチームの研究「Genomic Sequencing Surveillance and Antigenic Site Mutations of Respiratory Syncytial Virus in Arizona, USA」は、今月、「Emerging Infectious Diseases」誌に掲載されました。

Lim氏は、彼の知る限り、コミュニティ内に伝播するRSV陽性サンプルのシーケンスを日常的に行っている人はいないということです。これは、過去にはRSVワクチンが存在しなかったことや、COVID-19以前は定期的な呼吸器系ウイルスシーケンスが一般的ではなかったためと考えられます。新しいワクチンが入手できるようになったことで、分子サーベイランスの困難な状況が変わります。インフルエンザ、COVID-19、および重篤なRSV疾患を発症させるウイルスはすべて、ゲノムに急速な変化が生じやすいため、新しいワクチンの当初の設計と、大半の疾患の原因となっている系統に依然としてワクチンが「合致」しているのかを確認するモニタリングにおいて、集団レベルのシーケンスが特に重要です

Photo: Andy DeLisle/Arizona State University

今後の展開として、Lim氏は公衆衛生のための病原体サーベイランスの普及に関心を持っています。彼は学生に、ウイルスだけでなく、公衆衛生サーベイランスに利用できるアプリケーションやテクノロジーについても考えるように教えています。

「誰もが命を救うのは医師だけだと考えていますが、研究者も公衆衛生制度の重要な一員なのだということを生徒に伝えようと努めています。研究者の仕事が感染拡大を防ぎ、ワクチンの設計を改善できれば、未来に多くの命を救うことができます。それこそが、研究者の仕事なのだと」