4月25日(火)、ゴールデンウィーク目前の新緑も鮮やかな頃、イルミナクリニカルアレイワークショップ2017「多因子疾患・未病に挑むアジア人アレイ-今実現できる100ドル全ゲノム解析」を開催しました。
2016年に販売を開始したマイクロアレイGlobal Screening Array (GSA)は、従来のランニングコストの制約を打ち破り、100ドル全ゲノム解析を実現しました。さらに、臨床研究でより意義のあるSNPを搭載したことにより、多因子疾患、未病の研究に取り組むお客様から高い関心をお寄せいただき、1年間で合計550万サンプル分のご注文をいただきました。低コストでゲノム解析を行えるジェノタイピングマイクロアレイが今あらためて注目を集めています。
この秋に出荷開始予定のAsian Screening Array(ASA)は、GSAと同じコンセプトで、既存データベースにはないアジア人特有の多型をキャプチャーすることを目的として新たに設計されるアジア人ゲノム解析用マイクロアレイです。
ASAの販売開始を記念して企画された本ワークショップでは、ゲノム研究の第一線で活躍されている研究者の皆様に、多岐に渡るマイクロアレイ利用の価値について、また米国におけるマイクロアレイを活用したゲノム医療研究など最新の話題をご提供いただきました。
Mt Sinaiで実施された、低コストアレイを使った個別化医療の実例についてお話しいただきました。Mt Sinaiはニューヨークに位置し、地域特性として世界中の患者が来院します。Mt Sinaiではこれらの患者の情報を元に、これまで35,000人以上のサンプルを集めてきました。
多人種のデータを持つバイオバンクでは、遺伝性がんのレアバリアントであるMUTYHの変異が、世界中のほとんどの地域で0.1%以下の頻度でしか発生しませんが、東アジア由来の人種では発生頻度が5%程度に上がる、というデータを得ることができました。同様に、2本しか既報の論文が出ていないSteel Syndromeについても解析を行い、シーケンスで原因遺伝子を特定し、マイクロアレイで広範囲にスクリーニングを行ったところカリブ海周辺地域に由来する人に頻度の高いCOL27A1遺伝子のp.G697R多型に原因があることが分かりました。
今日の限られた情報を元に導きだされた結果をもとにした個別化医療を越えて、より効率よく疾患リスクの高い患者を特定し、診断・治療を進め、より精度の高い個別化医療を行う必要があるとまとめられました。
医薬品医療機器総合機構(PMDA)に報告義務のある重篤副作用症例のうち、スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)と中毒性表皮壊死融解症(TEN)に関連するHLAタイピング結果等についてご紹介いただきました。これらの副作用は薬理効果と関連せず、主に体質によって発症の有無が左右されることがわかっています。
SJS とTENは抗てんかん薬、解熱鎮痛消炎剤など、ほぼすべての医薬品が原因となっています。日本PGxデータサイエンスコンソーシアムの日本人コントロールデータを用いたGWASの結果、アロプリノールを投与した場合、発症する集団には6番染色体HLA領域に有意差のある関連SNPsがあることがわかりました。また台湾において、カルマバゼピンやアロプリノールを投薬前にHLAスクリーニングを行い、陽性であった場合には分子構造の異なる薬剤を投与した結果、0.2%程度で発生していた重篤副作用をゼロにすることができたというHLAタイピングデータ活用の実例をご紹介いただきました。
HLAによるタイピングは検査コストが高く、民族によって有用であるマーカーに違いがあるため、民族差を考慮した国際共同研究が重要であるとの見解を述べられました。
金沢大学、千葉大学、長崎大学が共同で進めている、先進予防医学構想についてご紹介いただきました。この構想では、これまで行ってこなかったゲノム・環境からの疾患予防(0次予防)を可能にすることを目的とし、3大学で地域集団コホート研究を行うことで個別化医療を推進します。金沢大学を拠点とするコホート研究では、七尾市と志賀町でサンプル情報を集めており、そのうち志賀町のコホート、プロジェクトS.H.I.P (Shikamachi Health Improvement Practice)では40歳以上の全住民を対象とし、5000人からのサンプル情報収集を終えています。DNA、RNA、マイクロバイオーム、血中・尿中のエクソソームなどの情報に加え、すでに何らかの疾患にかかり治療を始めている患者様の情報も併せ、動的バイオマーカーを探索します。
プロジェクトでは、遺伝子型と表現型の両方の情報を収集し、データベース化を行う予定です。まだコホートベースで研究が進んでいない軽度の薬剤副作用の情報や生活習慣、環境の情報も十分網羅性高く取って、遺伝子型と表現型の両方の情報を収集し、相互作用とリスク予測を行うことを目指されています。
ジーンクエストでは、Webサイトで情報提供をする個人向けの遺伝子解析サービスと、それにより数万サンプル分も蓄積したデータをデータベース化して利用する共同研究を行っています。イルミナのマイクロアレイを使用して30万のSNPを解析しており、その内個人向けレポートには1000個ほどのSNPからの結果を報告しています。新しい知見が得られると、随時無料でレポートを更新しているため、一度受けた検査の結果から、常に最新情報が得られることになります。顧客にオンラインで環境因子、生活習慣、既往歴、健康診断、食事・運動、年収などのアンケートを行うことができるため、定期的にコミュニケーションをとれる環境があり、研究目的でデータを使用する際に被験者とコンタクトできるメリットがあります。取得したデータは、顧客同意に基づいて創薬に活かされています。ヒトの遺伝学的根拠を持つ創薬プロジェクトは成功率が高く、製薬企業にメリットがあります。製薬企業は、ゲノム解析企業が持つ健常人のデータベースへのアクセス権、臨床試験のリクルーティング、検体のゲノムデータ解析に魅力を感じジーンクエストと共同研究を進めているようです。
遺伝子解析サービスを拡大してデータを集め、共同研究でデータを活用する、その両輪を回すような仕組みを作りたいとの考えを発表されました。
日本人の遺伝的多様性を考慮した全ゲノム配列の決定について、またHLA遺伝子領域の解析、メンデル型遺伝病のゲノム診断に関してNGSで何が明らかになり、それをどのようにASAのデザインに応用できるかについてお話しいただきました。
京都大学と理研BioBank Japanで併せて24万の日本人検体を日本全国から広く集めてジェノタイピングを実施し、この結果を元に遺伝的多様性を最大限に保つような2900検体を選択し、全ゲノムシーケンスを行いました。今後このデータセットは様々な用途での二次利用が予定されています。
次に、HLA遺伝子群の構造と機能について検証しました。HLA領域は遺伝的多様性が極めて高く、既存のHLAデータベースは不完全であることが知られています。そのため適切なプローブの設計ができずHLAの全長配列のPCRを行うことができません。そこで、前述の全ゲノムデータベースを使用し、精度の高いタイピング手法を開発しました。さらに、不完全なHLA情報を使ってHLAのアレル情報を決定するアルゴリズムも開発し、これらの成果を利用してASAに追加のカスタムプローブを加え、HLA簡易パネルを設計したいと語りました。
東京医科歯科大学の田中敏博先生に座長をお引き受けいただきパネルディスカッションを行いました。 話題のPMI (Precision Medicine Initiative)から始まり、全ゲノム解析、ターゲットシーケンス、アレイでのジェノタイピングなどのゲノム解析手法の使い分けについて、米国の研究者からの視点、日本の研究者からの視点、企業の視点、様々な視点からのご意見を聞くことができ大変興味深いディスカッションとなりました。質疑応答の中でもAsian Screening Array が登場することで、コストが劇的に抑えられ、予算の関係で進めることのできなかったプロジェクトを進めたいというご意見もいただき、ASAに対する期待を感じることができました。全ゲノムシーケンスのコストが下がったとは言え、いまだにマイクロアレイのコストとの差は大きく、まだまだアレイを用いた研究は継続されるため、これまででは予算の制約で難しかった大規模サンプルを解析することで、新たな知見が得られることが期待されます。