マイクロバイオームセッション

マイクロバイオームセッションレポート

マイクロバイオームセッションは120名の会場で行われましたが、ほぼ満員状態での開催となりました。発表内容を熱心にメモしながら聴講される方が多くみられ、中には立ち見となるセッションもありました。

メタゲノミクスのその先

 日本のヒト腸内メタゲノムプロジェクトは、今回の会場となった品川駅近くのレストランでの打ち合わせから始まったというエピソードからスタートしました。2004年に発表された米国C.Vender博士らが行った海洋メタゲノム解析に関する論文を受けて、海外勢の有用遺伝子資源の独占から日本をどのように守っていくかについて議論されたそうです。これまで黒田先生が関わってきたメタゲノムプロジェクトや海外で行われてきた大規模なメタゲノムプロジェクトを紹介され、その中で、今後は温度やpHと同様に、ゲノム情報があらゆる場において参照されるゲノム情報立脚型社会が実現され、医療、食品、環境など様々なイノベーションを科学的基盤になると予測しています。中でも、ヒトの腸内細菌叢は大変複雑であり、最大10,000種の細菌で構成されています。この巨大な細菌叢の中で、疾患と関連のある遺伝子を明らかにすることを黒田先生の研究の目的です。しかし、群集構造解析は難しく、特に、複数の細菌が複雑に関わって疾病を発病する場合などは、統計的検定も不可能かつ仮説の導入も非常に困難です。この問題を解決するには、知識の整理と個別細菌のゲノム解読が鍵となります。そこで、黒田先生はMicrobeDBを構築することで、ゲノムを軸に遺伝子・系統・環境の違いとその関係性が明らかにしつつあります。現在は、これらの考えを更に進めて、宿主、細菌叢、環境中の細菌叢すべてのゲノムを明らかにすべくHologenomicsの研究を行い健康と医療への応用を目指しておられます。

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座長 国立遺伝学研究所 生命情報研究センター
黒川 顕 先生
MiSeq システムを活用したヒト口腔細菌叢の変動性と個人識別性の解析

 佐藤先生の所属する東北大学 東北メディカル・メガバンク機構は、東日本大震災後に立ち上がった研究機構で主に健常人のコホート解析を行っています。 佐藤先生らのグループは、歯科口腔細菌叢研究を集団規模で行うことで、日本人の口腔リファレンスDBや予防歯科、症例対照研究、全身性疾患マーカーの実現を目指しています。大人数調査の前提として、取得したサンプルは個人代表である必要がありますが、受診者の 来所時間は制御出来ないことから、個人内の変動を極力抑えて、個人間差異が検出できる条件を見つける必要があります。
 そこで、健常者から異なる条件でサンプリングを行い最適な条件の検討をした結果、検出した口腔細菌の98%は有意な日周変動性を示さない、とくに大臼歯の歯垢(プラーク)は、コホート・サンプルとして有用と結論付けられました。適切な保管温度やDNAの抽出方法も事前に検証しておくことが必要です。保管温度が不適切だと好気性菌が増殖する一方で嫌気性菌が減少するため、α多様性指標値が低下したり比較解析の精度が低下する問題が見受けられます。できれば採取&作業直後の冷凍処理を一日以内に行い、少なくとも冷凍保管が望ましいと紹介されました。
 DNAの抽出手法は、比較した3種類の方法で検出細菌の多様性指標値に有意差はありませんでしたが、選択した方法により、設備がいる、手作業が必要、長期保存に向かないなど一長一短が存在するために、研究プロジェクトに合わせた選択が必要といった具体的な提案がありました。最後に、座長の黒田先生より、口腔細菌と腸内細菌を合わせて研究している組織は少ないので是非、東北メガバンクで実施して欲しいと要望されていました。

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東北メディカル・メガバンク機構
佐藤 行人 先生
16S rRNAメタゲノム解析を成功に導くためのポイント

 イルミナのフィールドアプリケーションサイエンティストから、これから16S メタゲノム解析を行う方を想定した内容で、研究デザイン、ライブラリー調製、シーケンス、データ解析の順に、実際に実験を行う流れに沿って、各ステップ毎にポイントを解説しました。研究デザインのポイントでは、ターゲット領域の選定(イルミナプロトコールでは、v3-v4領域を推奨)、サンプルあたりのリード数は1.5-10万リードが目安、全てのランにコントロールを入れることなどを紹介しました。ライブラリー調製のポイントでは、環境サンプル、動物由来サンプル、口腔サンプルからDNAからを抽出するための適切なキットの紹介、16S プロトコール用プライマー配列の情報やPCRサイクルの注意点として、ターゲット領域増幅とタグ付加には適切なサイクル を使用するように推奨値を示しました。シーケンスのポイントでは、16Sのライブラリーは配列に偏りがあるためクラスター数は少なめに、PhiXコントロールは最初は多めに添加し、徐々に減らしていくのが良い。データ解析のポイントでは、パイプラインによりデータが変わるので プロジェクトにあわせてパイプラインを選ぶ必要があるため、代表的な4種類の解析アプリの特長の比較、参照データベースの違いや表示機能の有無、操作法の違いを紹介しました。また、クオリティーフィルターを活用することで必要なデータの抽出が可能になることを紹介しました。

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イルミナ株式会社 フィールドアプリケーションサイエンティスト 小林 孝史
感染症ゲノミクス・メタゲノミクスの未来予想

 過去に次世代シーケンサーを使った感染症ゲノミクスの例として、2009年頃に発生したウェルシュ菌による食中毒事例を紹介されました。この事例では、病因物質として疑われた既知エンテロ トキシン(CPE)が検出されなかったことから、次世代シーケンサーを使ったゲノム解析が行われ、精製した毒素タンパク質のN末端アミノ酸配列情報とゲノム情報を利用することにより毒素遺伝子を特定しています。一方で、まだまだアノテーションが出来ない遺伝子が多数存在していると指摘され、これらアノテーションが未知の遺伝子の機能を決めることもゲノム解析と合わせて必要な作業であると強調されました。
 本題のクリニカルメタゲノミクスでは、細菌感染におけるメタゲノミクス診断には、多大なコンピューター資源が必要と指摘。短時間でバクテリアや薬剤耐性菌、ウイルスなどを検出するには、便に含まれるヒトおよび食物残差のDNAを効率的に除去することが重要であり、穀物をはじめとする22種類の食物由来のゲノム情報を活用することで、1000万リード程度の便サンプルであれば、1時間程度で解析を可能になります。103人の患者を対象に行った実験では、33名の患者から様々なウイルスを検出に成功しました。従って、クリニカルメタゲノミクスは原因不明感染症診断にとって最適な手法論と結論付けています。
 ヒト由来毒素原性大腸菌は腸管上皮細胞に定着することで発病するため、その定着因子として知られているCFA遺伝子群の腸管上皮細胞への定着を阻害できれば、抗生物質のように細菌を 殺すのではなく、 右から来たものを 左へ受け流す新たな抗病原性療法に繋がると、診断からその先の治療までのストーリーで講演を締めくくられました。途中、時々映しだされる中村先生が考える未来世界のスライドやご自身が経験したドラマなどで終始聴衆の笑いを誘い、ご発表を盛り上げておられました。

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大阪大学 微生物病研究所
中村 昇太 先生
腸内環境のデザインに向けて

 山田先生は、株式会社メタジェンのCTOとしてだけではなく、東工大の客員准教授としても活躍されています。講演の初めにオランダ、ベルギーで1100人以上を対象に実施されたLifeLineと呼ばれる大規模なメタゲノムコホート研究を紹介されました。この研究では、外因または内因要素、疾患、薬剤、喫煙および食事に関する情報の約18%が腸内細菌叢で説明可能になるそうです。一方で、山田先生は日本ではヒト腸内環境多次元データの構築を目指して、東京工業大学、国立がんセンター、慶応大学と共同プロジェクトに参加されています。ゲノム、メタボローム、メタゲノム、臨床データ、生活習慣データ、食生活データについて、8000検体以上を対象に行い、その一部については、メタゲノム解析を実施される予定です。さらに、これらのデータを活用して進行性のガンに非常に多く見られるマーカー探索をモデル生物を用いて検証を行う計画だそうです。株式会社メタジェンは、腸内デザイン推進企業として、大腸がんが進行にするにつれて細菌叢が変化し、その変化した細菌が産出する化合物を同定することで予防医療につなげることを目標に事業活動を続けておられます。最後に、MiSeqまたはMiniSeqを使ってメタゲノム解析した場合に、解析結果にどのような違いがあるかご紹介いただきました。16S RNAのv2領域をターゲットに29サンプルを比較した結果、Genusレベルでは、MiSeqと非常に高い相関を得られており、Genusレベルまでの結果であれば、MiniSeqは16Sメタゲノム解析に十分使えるシステムとのご評価でした。

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株式会社メタジェン
山田 拓司 先生

マクロバイオームという研究分野は次世代シーケンサーが登場して急速に発展した分野です。これまで、日本では比較的小規模な研究が多かった印象ですが、大規模コホート研究もスタートしており、更なる発展が期待できる分野です。口腔細菌、感染症メタゲノミクス、予防医療と菌叢解析はヒトの健康を知る上で新たなアプローチ方法となりつつあることを感じました。