イルミナセミナー

多因子疾患における
個別化医療実現への取り組み

2018年12月7日(金)、東京 品川にて、イルミナセミナー「多因子疾患における個別化医療実現への取り組み」を開催しました。「環境要因の寄与が大きい多因子疾患に対し、個別化医療、個別化予防の社会実装に向けての現在の成果、将来の展望」をテーマに、国内外から5名の研究者に最新の研究成果と今後の展望をお話しいただきました。会場は満席で、参加者の方からの質問も多く、盛況な会となりました。

 

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海外招待講演:「Public health implications of pharmacogenetics risk with large effect sizes」

 

 タイ保健省から Dr. Surakameth Mahasirimongkol をお招きし、ファーマコゲノミクス(PGx)の知見をもとに、ゲノム情報を用いて適切な薬剤を個別に処方する試みのタイにおける実践についてお話しいただきました。

 スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)/中毒性表皮壊死症(TEN)は重い薬剤副作用です。アジアで比較的高頻度に見られるアレルHLA-B*1502 を測定することにより、高い感度と特異度で発症リスクを知ることができます。2012年から実施されたパイロット試験で、HLA-B*1502測定のコストと、重篤薬剤副作用の発症件数減少を比較したところ、予防的スクリーニングを実施することで、十分なコストメリットが得られることが証明されました。この結果をもとに、2018年から保険適用下での検査が実施されることとなりました。また抗結核薬であるイソニアジドの適切な処方量を、NAT2の遺伝子型を利用して決定する例も示されました。

 現在タイでは、こうした複数の PGx遺伝子を網羅的に解析できる Asian Screening Array と全ゲノムシーケンスを用いて、タイ人データベースを構築する取り組みが行われています。このような基盤情報をもとに、将来的に低コストの NGS やマイクロアレイを用いて、PGx情報を臨床応用することの有用性についても示されました。

Dr. Surakameth
Ministry of Public Health, Thailand
Dr. Surakameth Mahasirimongkol
国内招待講演1:「沖縄県の特色を生かした生活習慣病ゲノム研究 沖縄バイオインフォメーションバンク構想 」

 

 琉球大学の前田士郎先生には、沖縄の方々の特色また沖縄の方々を対象としたゲノム解析の意義をご紹介いただきました。

 沖縄はかつて長寿ナンバー1の県でしたが、本土に先駆けてもたらされた生活習慣の欧米化により、現在では肥満や生活習慣病の増加が問題となっています。一方で、かつての長寿を支えていた世代も多く存在していることから、今の沖縄は長寿世代とメタボ世代が共存する社会となっています。このことと島嶼県で長期間の追跡がより多数例で可能であることから、沖縄県は遺伝因子と環境因子の統合解析が行いやすい状況にあると言えます。さらに、長く外界から比較的孤立した環境であるため、遺伝学的にも独特の特徴を有していることが知られています。このような遺伝学的に特徴のある集団ではオッズ比が10を超えるような強力なバリアントが保存されている例が報告されており、数千人規模の比較的小規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)でも新しい情報が得られる可能性があります。以上のような背景から、沖縄県民を対象としたゲノム解析研究は、沖縄の健康長寿復活に貢献するのみならず、効率的に新規の疾患感受性機構およびその標的分子同定につながる可能性があることを示されました。

 前田先生は、沖縄バイオインフォメーションバンク構想のもと、20,000人のゲノム解析を計画されています。既に4,195人について Asian Screening Array でのゲノム解析が完了しており、その解析の一部をご紹介いただきました。興味深いことに沖縄の中でも沖縄本島、宮古島、久米島の各島で遺伝学的背景が異なる可能性があり、各島の人々に対して個別の研究を行う意義が見出されています。

dr_maeda
琉球大学
前田 士郎 先生
国内招待講演2:「ゲノムコホート・バイオバンク連携による疾患発症リスク予測モデル構築と前向きコホートによる検証」

 

 岩手医科大学の清水厚志先生には、東日本大震災の復興事業として、長期の健康支援や個別化医療・予防に関する研究を進める、東北メディカル・メガバンク計画(TMM)をご紹介いただきました。 TMM は、ゲノムだけでなく、トランスクリプトーム、エピゲノム、プロテオーム、メタボロームなど、オミックス情報を備えたバイオバンクを運用しています。貴重なバンクサンプルを余分に消費することがないよう、バンクサンプルを用いる研究には、実験のためのサンプルそのものの提供ではなく、これらの情報のみを提供できる体制を整えています。

 清水先生には、あらためて GWAS のこれまでの成果とその課題を解説いただきました。 GWAS で見出された疾患感受性多型は多くが非翻訳領域にあり、その解釈が難しいという課題に対し、TMM では、RNA-Seq による遺伝子発現やメチル化、メタボロームといった複合オミックス解析により、疾患の発症機序に関する解釈を進めています。また岩手医科大学では GWAS とは異なるアプローチとして、測定した全多型を用いて疾患発症リスクを算出する iwate polygenic model(iPGM) を開発されました。本モデルによる疾患リスク予測結果は、脳梗塞において実際のコホートで検証段階に入っており、遠くない将来に、私達の健康管理の根拠として社会実装されることが期待されます。

 また清水先生は、個別化医療・予防を成功させる要因として、社会の理解が重要であることを強調され、一般の方々を対象とした「いでん講習会」などの活動を通して、ゲノム、遺伝、疾患、遺伝倫理についての認知向上に努められています。

Dr. shimizu
岩手医科大学
清水 厚志 先生
国内招待講演3:「GWASの到達点と今後の展望」

 

 京都大学の鎌谷洋一郎先生には、遺伝学、GWAS の歴史と現在の状況を、わかりやすくまとめていただきました。

 「ありふれた疾患」に対して、GWAS で見出された疾患感受性座位が、オープンクロマチン領域に集中しており、その過半数がエンハンサー領域に存在することが明らかとなりました。エンハンサーの場合、得られたバリアントと発現調節される遺伝子のゲノム上の位置が離れているため、関連を解析するのが難しい、という課題がありました。しかし、ゲノム編集技術が発展し、バリアントが影響を与える遺伝子を解析できるようになりました。DNA、RNA、タンパク質、代謝物質の流れで変化が起こり疾患を引き起こすため、ゲノム編集技術が確立した現在、研究の開始点としてゲノムを選択するのが効率的であることを示されました。

 その後、オーダーメイド医療実現化プロジェクト、バイオバンクジャパン(BBJ)の研究成果を中心に、最新の GWAS研究についてご紹介いただきました。鎌谷先生は多くの共同研究者と共に、心房細動、肥満症、脳卒中といった疾患だけでなく、血液検査値、初潮年齢、閉経年齢といった体質、特徴まで、非常に多くの形質とゲノム多型の関連を明らかにしてこられました。蓄積されたデータは公開されており(http://jenger.riken.jp)、BBJ のゲノムデータも、その臨床情報とともに利用可能となっています。

 これらの研究を基にした疾患発症予測は、欧州人集団では良い結果を示している一方、日本では課題がある原因として、「日本人ゲノムデータの不足」を挙げられました。また、今後は複合オミックスを用いた非翻訳領域の解析を行い、疾患のメカニズムを解き明かすとともに、数万人規模の exome/WGS を用いて稀なバリアントの解析を進めながら、日本人のアレイデータをさらに蓄積することで、疾患リスクの予測を精確に行えるようになる、として講演をしめくくられました。

dr_kamatani
京都大学
鎌谷 洋一郎 先生
国内招待講演 4:「数理統計・機械学習を利用したゲノム・医療情報解析の現状と展望」

 

 ご自身のことを「計算機屋さん」と言われる株式会社ヒューマノーム研究所の瀬々潤先生は、応用数学の人工知能や機械学習の基礎研究を専門とされています。瀬々先生は、産業技術総合研究所人工知能研究センター研究チーム長を辞して、2018年10月に独立し起業されましたが、「国の研究所で働くよりも、もっと社会に近いところで仕事がしたい」とその動機を語られました。

 瀬々先生には、人工知能の歴史から説明いただきました。第三次人工知能ブームである現在、さまざまな分野に人工知能が利用され始めています。機械学習(深層学習)を用いた医用画像解析においても、2016年から一気に論文数が増加し、年間数百の論文が出ています。オミックス解析における長い機械学習の歴史の中で、この10年間の変化として、データ側は NGS の登場、計算機側は GPGPU の応用、機械学習の手法では SVM、RandomForest の利用、LASSO等スーパーモデリングの進化、深層学習の登場と発展、を挙げられました。

 また、深層学習を用いたタンパク質-化合物結合予測の研究や、ゲノム解析において SNP情報から表現型を推定される研究の成果を紹介いただくとともに、ヒューマノーム研究所における、多因子性疾患への取り組みもご紹介いただきました。瀬々先生は、生活記録や健康状態を含め、全てをデータ化した上で、統合的なオミックスを用いて、予防医療を含む将来のヘルスケアを目指されているとのことでした。

 多因子性疾患研究における機械学習利用の課題としては、高い計算機コストとコホートをまたぐ場合のデータ精度の低下を挙げられ、計算機コストに関しては、クラウドでゲノム情報が利用できる環境整備が必須と、お話しされました。難解そうな機械学習や人工知能ですが、瀬々先生は「機械学習とはデータから"写像"を作成する方法」と明快に説明されていました。

Dr. sese
株式会社ヒューマノーム研究所
瀬々 潤 先生