神経変性疾患に関する遺伝学的洞察を探る

TruSeq Neurodegeneration Panel により、アルツハイマー病、パーキンソン病や神経変性疾患の複雑な遺伝特性を調べることが可能に

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神経変性疾患に関する遺伝学的洞察を探る

はじめに

最近発表されたAnnals of Neurologyの論説では、アメリカにおける一般的な神経疾患にかかる推定年間コストが8千億ドルを超えたことが有力な神経学者たちにより報告されました。アルツハイマー病やパーキンソン病などの一般的な加齢性疾患にかかるコストはこの総経費のうち2千5百億ドルを占めています1。2050年までには高齢者人口がほぼ2倍になることが見込まれる中、このコストはさらに増加することが予想されます。これらの疾患による個人的負担および公的負担に対処するため、著者らは世界中の研究者が実施しているトランスレーショナル研究を予防療法や病態修飾療法へと拡大することを提案しています。

しかし、こうした要求は「言うは易く行うは難し」です。アルツハイマー病、パーキンソン病、および筋萎縮性側索硬化症(ALS、一般的にはルー・ゲーリック病として知られている)などの神経変性疾患には強力な遺伝的要素が伴うことは以前から知られていました。しかしながら、各疾患の発症に関与する特定の遺伝子バリアントや経時的な神経変性進行の正確なメカニズムについてはほとんど分かっていません。そのため、臨床医が予後を確信して早期に確実な診断を下すことは困難です。また、症状が現れる前後にこれらの衰弱性疾患に立ち向かうための安全かつ効果的な治療法を科学者たちが開発するうえでも制限がかかります。

ゲノムワイド関連解析(GWAS)などのアレイを用いた方法では発現頻度の低いリスクバリアントを検出することはできません。そこで、こうした低頻度リスクバリアントを発見するため、Alan Pittman博士を始めとする研究者たちは、各自の神経変性疾患研究で活用すべく独自の次世代シーケンス(NGS)パネルを開発しました。ユニバーシティーカレッジロンドン(UCL)神経学研究所分子神経科学研究室の上級研究員であるPittman博士は、これまでパーキンソン病、そして稀な若年性神経変性疾患を含むさまざまな神経変性疾患の研究にキャリアを費やしてきました。博士は、一線で活躍する16名の研究者たちと連携して、神経変性疾患の根底にある遺伝学の研究のための新しいツール、TruSeq Neurodegeneration Panelの設計と検証に関してイルミナに多大な協力をしてくださいました。

iCommunityは、神経変性疾患の病因理解における課題、パネルの検証を通して博士が得た知見、そしてパネルが将来の臨床試験や治療法開発に情報をもたらす可能性について、Pittman博士にお話を伺いました。

Alan Pittman(PhD)博士は、UCL神経学研究所分子神経科学研究室の上級研究員です。

質問:何が博士の神経学や若年性神経疾患に対する興味を駆り立てたのですか?

Alan Pittman博士(以下AP):ほとんどの人は、直接的または間接的に神経疾患の影響を受けています。家族や大切な人がアルツハイマー病やパーキンソン病のような疾患にかかっている人はたくさんいます。これらの疾患は社会にも非常に大きな負担となっています。こうした状況が私を治癒法の発見へと駆り立てたのです。私にも何か役に立てることがあるのではないかという希望が、私をこの分野での研究へと導きました。

質問:UCLでの博士の研究の焦点を教えてください。

AP:私のグループは、神経変性疾患の原因を見つけることを目標としています。遺伝学的特徴を明らかにし、それが生態にどのように影響を及ぼしているのかを確認できれば、神経変性疾患の生物学的基盤を解明する糸口となります。

多くの神経変性疾患は、その有病率の高さにもかかわらず診断が困難です。神経変性疾患は、1つの疾患をとっても、また複数の疾患を見ても、非常に多様です。症状がほぼ同じ場合でも、根底にある遺伝的原因は異なります。逆に遺伝的原因が同じでも、異なる症状が見られることもあります。

遺伝学に焦点を合わせることで、私たちはより優れた診断ツールを開発することができるでしょう。優れた診断ツールが得られたら、臨床医はこれらの疾患ではどのようなことが予想されるか情報を提供できるようになります。また、これらの症状とともに生活する人達のために効果的な治療選択肢を開発するうえで必要となる情報も得られるでしょう。

「TruSeq Neurodegeneration Panelは長年求められていた製品です。神経変性疾患研究用のシーケンスパネルは市販されていませんでした。」

質問:神経変性疾患を遺伝学的により深く理解することで、神経病理学的の特性解析も進むのでしょうか?

AP:遺伝学を理解することで、1つの神経変性疾患のさまざまなサブタイプをより効果的に明らかにすることができるようになるでしょう。その典型的な例は前頭側頭葉型認知症です。これは異なる病理がもたらすさまざまな障害の総称です。そのため、原因、臨床症状、および臨床転帰は患者ごとに異なります。遺伝学研究が進めば、全身状態およびさまざまなサブタイプに関する臨床理解を深めることができるでしょう。

質問:遺伝学研究は医薬品や他の治療法の開発にどのように役立つのですか?

AP:現時点では、残念なことにほとんどの神経変性疾患に対して使える治療法は多くありません。使える治療法でも必ずしも期待された効果が得られるわけではありません。優れた効果的な治療法を開発するためにさらに良い研究をすることが最も重要なのです。この点において、神経変性疾患を遺伝学的に理解することが役に立つ可能性があるのです。遺伝学研究から将来の臨床研究に必要な情報が得られる可能性があります。例えば、同じ変異を持つ特定の患者群を対象として治療法を検証できるでしょう。リスクの高い個人を特定することや疾患のある患者を特定のサブグループにグループ分けすることができれば、実際に効果を発揮する新しい治療法の開発に役立つ可能性があります。まずは遺伝学的特徴、そしてそれと対応する生物学を理解することから始まります。

質問:教授はUCL神経学研究所でNGS施設リーダーを務められています。この種の研究で使用するシーケンステクノロジーをいくつか挙げていただけますか?

AP:すべての研究に1つで対応できる完全な方法はありません。ですからさまざまなテクノロジーを使用しています。サンプルに特定の遺伝子変異が含まれていることが確実な場合はサンガー法を使用します。NGSテクノロジーでは、神経変性疾患に関与する可能性のあるさまざまな遺伝子をスクリーニングすることができます。目的に応じて、ターゲットリシーケンスパネルを使うこともあれば、全エクソームシーケンス(WES)を使うこともあります。これらのアプローチで求める答えが得られない場合には、全ゲノムシーケンス(WGS)法を使用します。大抵の場合、WESで明確な答えが得られますが、絶対ではありません。私たちは、MiSeq システムやHiSeq 3000システムなど、数多くの異なるテクノロジーを自由に駆使しています。2011年から一貫してイルミナのNGSシステムを使用しており、いくつかのアップグレードをしました。

「これらの遺伝子がすべて1つのパネルに入っていることは、疾患や表現型を横断的に調べる上でも役に立ちます。」

質問:ターゲットリシーケンスの利点を教えてください。

AP:何を探しているのかが分かっている時には、エクソームやゲノムをすべて読み出す必要はありませんし、それは避けたいところです。保存して解析しなければならないデータが大量になりますし、偶発的所見の問題もあります。むしろ小さな遺伝子群を調べたいのです。ターゲットリシーケンスは、多数のサンプルを迅速にシーケンスしたいラボにとって手頃な価格の方法です。

質問:TruSeq Neurodegeneration Panelの設計と検証にはどういう経緯で関与することになったのですか?

AP:TruSeq Neurodegeneration Panelは長年求められていた製品でした。さまざまな種類のがんを調べるためのターゲットリシーケンスパネルはありましたが、神経変性疾患の研究に使える市販のシーケンスパネルはありませんでした。神経学分野の研究者たちは独自のカスタムパネルをデザインしなければならなかったのです。市場には需要と供給の間に埋めるべき大きなギャップがありました。そのため、TruSeq Neurodegeneration Panelの設計と検証のお手伝いを求められたときには喜んで参加させていただきました。

質問:このパネルでカバーされている遺伝子を教えてください。

AP:このパネルは、過去にGWASを用いてアルツハイマー病、パーキンソン病、ALSなどの疾患と関連付けられた118の遺伝子のコーディングおよびノンコーディングセグメントが含まれるように設計しました。ノンコーディングセグメントにはイントロン、非翻訳領域(UTR)、およびプロモーター領域が含まれます。特定の遺伝子バリアントの存在に関するデータが得られ、追加コンテンツで研究上の疑問に答えることもできます。例えば、このパネルを用いて特定の疾患と関連しているスプライシング変異を特定することができます。

これらの遺伝子がすべて1つのパネルに入っていることは、疾患や表現型を横断的に調べる上でも役に立ちます。例えば、前頭側頭葉型認知症とALSはまったく異なる疾患です。しかしながら、非常に多くの遺伝的重複があります。このパネルを用いると、1つの疾患を調べることも、複数の疾患を同時に調べることもできます。

「迅速に、多数のサンプルを同時にシーケンスするのに使用できます。これは大規模研究を実施するうえで素晴らしい特徴です。また優れたスクリーニング法でもあり、研究者は変異が発見されないサンプルのためにWGSやWESを予定しておくことができます。」

質問:X染色体とY染色体上のマーカーを含めることの価値を教えてください。

AP:X染色体とY染色体のコンテンツが含まれていないターゲットパネルが多すぎます。大規模な集団研究を実施する場合、サンプルの性別を推測できることが望ましいのです。そうすれば、サンプルやプレートを取り違えることがなくなり、データインテグリティを確認する良い方法となるからです。

質問:イントロン/エクソンベースの遺伝子パネルはなぜWESよりも有益なのですか?

AP:TruSeq Neurodegeneration Panelのようなイントロン/エクソンベースの遺伝子パネルを使うことで、疾患に関連している可能性のあるノンコーディングバリアントをキャプチャーし、WESでは見逃されてしまうかもしれないイントロン以外の場所の再構成を検出することが可能になります。

質問:パネルの検証にはどのくらい時間がかかりましたか?

AP:何をシーケンスするかを検討し、サンプルを集めることにかなりの時間を費やしました。以前、パーキンソン病の稀なバリアントを解析するためにアレイを使用していました2。TruSeq Neurodegeneration Panelを使ってパーキンソン病におけるLRRK2遺伝子のG2019S変異型の浸透性について詳細に調べることにしました3LRRK2には非常に大きな変動性があります。私たちの目標は、新しい多民族コホートにおけるG2019S変異の病原性ハプロタイプを明らかにし、早期発症(AAO)の遺伝的修飾因子を見つけることでした。

パーキンソン病患者の41サンプル、そして北アフリカ、アシュケナージ系ユダヤ人、ヨーロッパ系白人起源の発症していない親類でLRRK2 G2019S変異保因者の7サンプルを選びました。ライブラリー調製、シーケンス、および簡単なデータ解析には2~3日しかかかりませんでした。

質問:データの解析はどのようにしましたか?

AP:カバレッジなどの品質メトリクスを調べ、目的の遺伝子がカバーされていることを確認しました。私はバイオインフォマティクスが専門ですから、独自の解析法を使用しました。オープンソースソフトウェアや自分でパネルデータに合わせて改変したゲノム解析ツールキットなどです。

質問:TruSeq Neurodegeneration Panelの性能はどうでしたか?

AP:私たちの研究におけるTruSeq Neurodegeneration Panelの性能にはとても満足しました。このパネルでは、イルミナの他のシステムやパネルと同じ原理やワークフローが使用されています。標準化された使いやすい方法で、迅速かつ簡単に使用できました。懸念となるドロップアウトもありませんでした。データの品質にも満足です。

「患者を早い段階で特定できれば、臨床試験の実施や、最終的には疾患の予防や治療のための療法を開始する上で非常に重要な要素となるでしょう。」

質問:TruSeq Neurodegeneration Panelの利点を教えてください。

AP:TruSeq Neurodegeneration Panelの一番の利点はコストです。このパネルでは既知遺伝子をターゲットとしているため、全ゲノムシーケンスほど費用をかけずにすみます。また、迅速に、多数のサンプルを同時にシーケンスするのに使用できます。これは大規模研究を実施するうえで素晴らしい特徴です。優れたスクリーニング法でもあり、研究者は変異が発見されないサンプルのためにWGSやWESを予定しておくことができます。

加えて、研究者は自分自身で検証でき、変わらない方法を求めています。データに信頼性と一貫性を求めているのです。TruSeq Neurodegeneration Panelはこのニーズに対応しています。

質問:TruSeq Neurodegeneration Panelにより、今後どのように神経変性疾患に対する理解を前進させることができるでしょうか?

AP:TruSeq Neurodegeneration Panelは、幅広い神経学的状態の研究に適した重要なツールとなるでしょう。このパネルから恩恵を受ける研究グループは少なくありません。

このパネルにより、研究者は個々の疾患、そして神経変性全体の遺伝的構造を調べることができるようになります。私は、数多くの神経疾患には一部共通する遺伝的構造があると考えています。必ずしも同じグループに属するようには見えない疾患もあるかもしれません。でもそれらの疾患は遺伝的観点からは同じグループなのです。ですから、個々の疾患と疾患群を同時に調べることができるというのは、非常に有益なことなのです。

このパネルには一般的なリスク因子が含まれており、ハイリスク集団の素因スクリーニングを改善できる可能性があります。このパネルにより、研究者はアルツハイマー病のリスク因子のような非メンデル型リスク因子と、浸透性の低下やGWAS研究で確認されたトップヒットを同時に調べることができる可能性があります。

臨床研究においては、臨床試験のために保因者、特に症状が出る前の保因者を特定できるという利点があります。そうすることで、事前に介入できる何らかの方法があるかどうかを調べることができます。まだ試されていない新しい治療法に取り組むことができます。ほとんどの場合、神経変性疾患と診断された時にはすでに患者の神経は損傷を受けているため、私たちは何も変えることができません。患者を早い段階で特定できれば、臨床試験の実施や、最終的には疾患の予防や治療のための療法を開始する上で非常に重要な要素となるでしょう。

質問:研究の次のステップはどんなものでしょうか?

AP:パーキンソン病のLRRK2変異保因者におけるオリゴジーン遺伝様式に関して私たちが最近実施した研究はパイロット研究です。多民族コホートにおける病原性のG2019Sハプロタイプの特性解析に成功しました。LRRK2 G2019S疾患の遺伝的修飾因子という問題に取り組むにはサンプルサイズを拡大する必要があることが明らかになりました。TruSeq Neurodegeneration Panelを用いてより大規模な研究を実施して検出力を高めるために、現在はこの変異のある患者をさらに集めているところです。

またALSサンプルを用いた2番目の研究も開始しています。特定のALS関連変異を持っているのにALSを発症していない人がいる理由を知るためです。さらに、ALSを30歳で発症する人がいる一方で、同じ変異を持ちながらALSを発症しない人がいる理由についても研究していきます。何らかの遺伝的修飾因子があるはずで、TruSeq Neurodegeneration Panelを活用してそれらの因子の特定を試みたいと考えています。

質問:神経変性疾患の遺伝学について、どのようなことを理解して欲しいですか?

AP:神経変性疾患の遺伝学的特徴は複雑です。私たちにはまだまだ学ぶべきことや研究すべきことがたくさんあります。TruSeq Neurodegeneration Panelは、神経変性疾患の根底にある遺伝学的経路をより深く理解する機会を与えてくれます。このパネルのおかげで、私たちは疾患の発症メカニズムを理解し、将来疾患の予防や治療を実現するために何ができるか糸口を掴むことができるようになるでしょう。

このインタビューに登場するシステムや製品についての詳細は、以下のリンクからご覧いただけます:

TruSeq Neurodegeneration Panel Data Sheetについては、www.illumina.com/content/dam/illumina-marketing/documents/products/product_information_sheets/truseq-neuro-dna-panel-data-sheet-1070-2017-002.pdf

MiSeq システムについては、jp.illumina.com/systems/sequencing-platforms/miseq.html

NextSeq 550 システムについては、jp.illumina.com/systems/sequencing-platforms/nextseq.html

参考文献
  1. Gooch CL, Pracht E, Borenstein AR.The burden of neurological disease in the United States: A summary report and call to action.Ann Neurol.2017; 81:479–484.
  2. Lubbe SJ, Escot-Price V, Gibbs JR, et al.Additional rare variant analysis in Parkinson’s disease cases with and without known pathogenic mutations: evidence for oligogenic inheritance.Hum Mol Genet.2016; 25:5483–5489.
  3. Pittman A, Brown E, Hughes D. Comprehensive analysis LRRK2 mutation carriers in Parkinson’s disease from the Illumina TruSeq Neurodegeneration Panel, www.illumina.com/content/dam/illumina-marketing/documents/products/appnotes/truseq-neuro-dna-panel-app-note-1070-2017-007.pdf.