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大規模プランクトン調査のための七つの海への航海

多くの科学者が乗船した科学探査スクーナー船タラ号。4年間の海洋探査中に画像解析やシーケンス解析用の数万もの海水サンプルを集め、プランクトンの多様性を調査し、海洋生態学における気候変動のインパクトを評価。

大規模プランクトン調査のための七つの海への航海

大規模プランクトン調査のための七つの海への航海

はじめに

1995年、Eric Karsenti博士は、ドイツのハイデルベルクにある欧州分子生物学研究所(EMBL)で細胞生物学チームを率いていました。細胞周期の研究を行うかたわら、博士は、英国海軍艦艇ビーグル号での調査探検に関するチャールズ・ダーウィンの航海記を読むことを思い立ちました。ダーウィンはその5年間に及ぶ航海中、陸地にいる時間の大半を、後に進化論への結実につながる、動植物の観察に費やしました。この航海記を読み終えて、Karsenti博士はダーウィンのように海洋の生物多様性を解明する探査を行うメリットについて考え始めました。2009年、このアイデアは実現し、110フィートの科学探査スクーナー船タラ号が出航しました。研究者らは4年間を超える航海で、世界中から35,000点を超える海水サンプルの収集、分析そしてシーケンス評価を実施し、広範囲にわたりプランクトンを調査しました。

「ちっぽけな存在ですが、こうした生命体は地球の生命維持システムの重要な部分なのです。つまり、光合成により地球上で毎年生成される酸素の半分をもたらし、またその他すべての海洋生物が依存する海の食物連鎖の土台にもなっています。」とKarsenti博士は語ります。それでも、ラボで培養されたプランクトンはほんのわずかしかありません。最近まで、海洋生態系の成り立ち、発展およびダイナミクスはほとんど理解されてきませんでした。

タラ号海洋探査は、生態学、海洋学、細胞生物学、遺伝学およびシステム生物学を組み合わせた多様な分野からの200名超の科学者から編成され、環境との相互作用の理解を深めるという観点からプランクトンを調査しました。ハイスループット顕微鏡画像装置、フローサイトメトリーに加え、次世代シーケンサー(NGS)を用いた研究を実施し、培養が難しいプランクトンの存在を明らかにし、群集の多様性とダイナミクスを評価しました。

この海洋探査、生成されたシーケンスデータおよび数々の発見についてさらに知るため、iCommunityはプロジェクトの中心人物3名にお話を伺いました。Karsenti博士はこの海洋探査を組織した人物であり、2015年のフランス国立科学研究センター(CNRS)ゴールドメダルの受賞者でもあります。Chris Bowler博士は、タラ号海洋探査の科学部門コーディネーターであり、Institut de Biologie de l'Ecole Normale Superieure(IBENS)の環境ゲノミクス・進化ゲノミクス部門のリーダーでもあります。Patrick Wincker博士は、フランスGenoscopeのシーケンステクノロジー・真核生物ゲノミクスのプロジェクトダイレクターです。

 

 

 

 

 

 

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左から右へ:Patrick Wincker博士、Eric Karsenti博士およびChris Bowler博士は、数百もの海洋サンプルを採取し分析した異分野チームの一員です。海洋プランクトンの生態系の構造、多様性およびダイナミクスを評価することが彼らの目標でした。

 

 

 

 

 

 

 

質問:タラ号海洋探査になぜ着手し、これほど早く団結できたのですか?

Eric Karsenti(EK):最初に科学的な海洋航海を考え始めたのは、1995年にさかのぼります。プランクトンの多様性を調査し、海洋の生態系に対するプランクトンのダイナミックな役割を評価するため、英国海軍艦艇ビーグル号のような探査を実施することは興味深いことだろうと考えました。ロマンチックな帆船による航海は人々の注意を引きつけるので、探査での科学の知見を科学を専門としない人々に伝えるきっかけにもなると気づきました。2000年にこの種の探査を立案する方法を学ぶことを決意するまでは、このことをふたたび考えることはありませんでした。Observatoire Océanologique de VillefrancheのChristian SardetとGaby Gorskyに相談したところ、彼らはすぐにその価値を理解しました。スクーナー船タラ号の所有者であるRomain Troubléに連絡を取り、この探査を計画する決意を固めました。

質問:探査の目標は何でしたか?

EK:この探査のアイデアは先ず、海洋の生物の状況を評価することでした。サンプルを採取することから開始しました。目標は、太陽光に照らされる透光層の上部(200m)にいる海洋プランクトンのサンプルを採取することでした。また、海洋の弱光層(2000m超)よりも深いところからもサンプルを採取しました。4年間の探査中、タラ号は90,000マイル(140,000 km)を航行し、200を超える採取場所のさまざまな深度からサンプルを集めました。

「シーケンス評価を行うプランクトン群集の複雑性が非常に高く、生物学的な洞察を得るには、よりハイスループットなシステムが必要であることに気づき、最終的に、このプロジェクトのために6台のHiSeqシステムを使用しました。」

質問:Bowler博士とWincker博士は、このプロジェクトにいつ参加されましたか?

Chris Bowler(CB):口づてにこのプロジェクトの話を聞いて、私からEricに連絡を取りました。私のラボでは、海水および淡水生態系のプランクトン群集の重要な基礎を成す珪藻類、生命体を研究しています。珪藻類は光合成を行う単細胞真核生物であり、酸素を生成し大気から二酸化炭素を除去する熱帯雨林と同じように重要であると考えられています。ただし、珪藻類のことはほとんど分かっていません。過去20年、珪藻類の研究はラボ中心でしたが、タラ号海洋探査は、外洋および沿岸地域からサンプルを採取し、ラボで培った仮説を検証する貴重な機会を与えてくれました。このプロジェクトに心踊らされた私たちは、その他数名に参加するよう誘いをかけ、徐々に完全なチームが作られました。

Patrick Wincker(PW):プロジェクトを支援する科学的なコンソーシアムが編成された2008年から、Genoscopeは関わってきました。初期の参加者の一人から照会を受け、私たちは参加を強く希望するようになりました。我々は、サンプルのシーケンスおよびデータ解析を提供しました。

質問:サンプルの採取場所はどのように決めましたか?サンプルを記録するのにどのような方法を利用しましたか?

PW:コンソーシアムの他のメンバーと協力し、さまざまな海洋条件を最も顕著に表すサンプル採取場所のリストを定めて優先順位をつけました。地球のあらゆる領域で海洋の完全な多様性を記録したかったのです。

EK:210のサンプル採取拠点それぞれに約60時間を費やしたので、およそ12,600時間かけてサンプル採取したことになります。生物標本は、500~600 mの深度で採取しました。水柱の特性評価を行うため物理化学機器を使用し、定期的に1,000 mの深度でサンプルを採取しました。私たちは、各サンプルにバーコードをつけ、ログシート上で分類し、日付、時間、環境的な位置などのデータと関連づける、高度なロジスティクスシステムを開発しました。

CB:同じサンプル採取拠点、同じ深度から複数サンプルを採取し、異なる解析を行うとすれば、こうしたタグ付けプロセスの複雑さは想像できるでしょう。私たちは、ウイルス、細菌やより大型の生命体に対して分画し濃縮したサンプルを採取し、これらをシーケンスパイプラインに投入しました。バーコードを利用することで、ラボに届くサンプルを追跡することができるようになりました。バイオインフォマティクスにより、すべてのデータを秩序立ててまとめました。これは計画されたすべてのデータを取得するための複雑かつロジスティックな手法でした。専門チームのメンバーのおかげで、データを首尾よく管理できました。

「私たちは、ウイルス、細菌やより大型の生命体に対して分画し濃縮したサンプルを採取し、これらをシーケンスパイプラインに投入しました。バイオインフォマティクスにより、すべてのデータを秩序立ててまとめました。」

質問:プランクトンの生命活動の違いを評価するために、どのようなサンプル採取場所を選択しましたか?

EK:今回の最初の探査は、全プランクトンの生態系の構成および組織のありさま、その機能、および生態系に影響を及ぼす深度、位置のパラメーターを明らかにするための地球規模の表現型記述サンプリングでした。沿岸および外洋でのサンプル採取に加え、中規模渦、湧昇流、酸性水および嫌気性域からもサンプルを集めました。

今回の最初のサンプリングは、将来の探査で得られるサンプルと比較するためのベースラインとして使用されます。数年以内にすべてのデータ解析が完了し、海洋系についてより明確な理解がもたらされるでしょう。そしてまた、科学的根拠に基づく計画の一環として研究目標を設定し、特定のサンプル採取場所に戻るのです。

質問:サンプルに対してどのような種類の解析を実施しましたか?

CB:サンプルに対して、顕微鏡観察、フローサイトメトリー、栄養評価およびシーケンスを実施しました。サンプルを陸地に引き上げる場合は、特定のプロトコールに合うよう、船上でのすべての作業について慎重に準備しました。私たちは、ウイルスから微小後生動物までのすべての種類の生命体のシーケンスを実施し、また同じサンプル群に対してこうした調査を行うことも決めました。

 

 

 

 

 

 

 

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英国海軍艦艇ビーグル号でのダーウィンの航海から発想を得て、タラ号探査は4年の歳月を費やし、90,000マイル(140,000 km)を航行しました。科学者らは200を超える場所から35,000点を超える海水サンプルを収集しました。サンプル採取拠点は赤色で表示しています。

 

 

 

 

 

 

 

質問:この調査でどのシーケンスシステムを使用しましたか?

PW:プロジェクトを開始したばかりの頃は、Roche 454システムを使用していましたが、長くは続きませんでした。シーケンス評価を行うプランクトン群集の複雑性が非常に高く、生物学的な洞察を得るには、よりハイスループットなシステムが必要であることに気づきました。最初、Genome Analyzerシステムに切り替えましたが、すぐにHiSeq 2000システムに移行しました。最終的に、このプロジェクトのために6台のHiSeqシステムを使用しました。

「これほど短期間にここまで来られたことは信じられません。私たちは開始してすぐにイルミナシーケンスシステムを導入しました...当初は、海洋のあらゆるプランクトンのシーケンス評価を実現する手がかりはありませんでした。」

質問:どのような種類のシーケンス研究をこれまで実施してきましたか?

PW:透光層にいる真核生物の多様性を解明するためにリボゾームRNAシーケンス、またウイルス、原核生物およびピコ真核生物を調査するためにメタゲノミクスを実施しました。すべてのシーケンスが完了したわけではありません。75のサンプル採取拠点で採取した579サンプルから得られたメタゲノミクスデータに基づいた最初の研究シリーズを発表しました。Science誌に発表した5件の論文は以下について述べています:太陽光に照らされる海洋での真核生物プランクトンの多様性1;全球海洋マイクロバイオームの構造および機能2;海洋ウイルス群集のパターンおよび生態学的ドライバー3;全球プランクトンインタラクトームの群集構造の決定因子4;アガラスリングの環境的特性および大洋間プランクトン輸送に与える影響5

質問:最初のデータで驚かされたことはありましたか?

EK:真核生物の大規模な多様性には驚かされました。種の観点から、真核生物は細菌およびウイルスよりも多様性に富んでいるので、取得したデータ量を推定することもできませんでした。全生態系(ウイルス、細菌、真核生物)に関して、海表から100 mまでのほぼ完全な特性評価ができており、さらに100 mから500 mまでの海層での特性評価もかなりできています。

CB:真核生物の多様性はまさに驚異的です。まだ特定されていない新しい生物が多数見つかったことも刺激的です。約90%のシーケンスが特定の名前を付けることができない生物を対象としており、その3分の1は、真核生物の系統樹に当てはめることもできません。海洋の多様性は大規模ですが有限でもあると言えます。私たちはより多くのサンプルをシーケンス評価しているため、最終的かつ完全な情報にかなり近づいています。

PW:私たちは、海洋に存在する細菌の遺伝子型の大半が得られたと考えています。これはおそらく数万もの細菌種に由来します。こうして約4千万の遺伝子のカタログを作成したので、海洋に存在する細菌の遺伝子の大半をほぼ網羅したことになります。

「私たちは特定の生命体の役割を理解するためにシングルセルシーケンスを実施しています。次のステップはさまざまな環境条件下での遺伝子発現および微生物学的な相互作用を評価することです。」

質問:どのような種類のデータ解析を行っていますか?

CB:さまざまなデータセットを統合するため、より詳細な手段でデータを調べています。多数の環境パラメーターデータ、数万もの生命体の画像、およびすべてのシーケンス情報を入手しています。生態系においてどの生命体がどのようなふるまいをしているかを詳しく理解するには、それらの情報をまとめる必要があります。それらはどのような姿をして、またなぜそのようなふるまいをしているのでしょうか?こうした質問に答えるには、何の遺伝子がどのパラメーターまたは生命体に対応しているかを知るため、環境パラメーターと遺伝子発現とのマトリクスを構成する必要があります。入手したデータセットでこうした解析を行うことにすでに着手しています。

PW:私たちはある場所にいる特定の生命体の役割を理解するためにシングルセルシーケンスを実施しています。メタゲノミクスの観点で大半の生物種を表現してきたので、次のステップはさまざまな環境条件下(場所、海洋深度、水質など)での遺伝子発現および微生物学的な相互作用を評価することです。最終的には、すべての遺伝子コレクションに関する大規模なメタトランスクリプトームデータを得る予定です。

EK:生態系の組成と炭素フラックスとの相関性に対するデータも得ています。海洋での炭素隔離に関連した遺伝子と生態系のネットワークが存在しているようです。

CB:さらに、特定の海洋の場所からのサンプルを解析しています。例えば、現在、北極海からの完全なデータセットを探索しています。このデータセットを使用して、北極圏の生態系を他の海洋から得た生態系と比較する予定です。科学的にも興味深いものです。

質問:海洋サンプルには数百万の細胞が含まれます。どの細胞をシングルセルシーケンスに使用するか、どのようにして決定しましたか?

PW:最初にリボゾームRNAバイオマーカーを使用して細胞を特定したので、何の生物種であるかを知ることができました。それから、重要とされているが、培養が行われていない生物種の細胞をシーケンス評価しました。

「海洋の多様性は大規模ですが有限でもあると言えます。私たちはより多くのサンプルをシーケンス評価しているため、最終的かつ完全な情報にかなり近づいています。」

質問:海洋の生態系の変動を理解するための次のステップは何でしょうか?

CB:海洋に及ぼす人間の影響を評価する予定です。沿岸部と外洋からのベースラインサンプルを入手しています。ある地域で記録された侵入生物種の数、漁場の発達と衰退、海洋の酸性化、温度変化、海岸線変化を含む、海洋に及ぼす人間の影響を示す詳細なデータベースが存在します。今後、私たちの結果をこうしたデータセットと共に解析することで、人間の影響を含め、さまざまな現象との関連について理解が進むでしょう。

新しい探査を行えば、サンプルデータを比較し、人間の活動の結果として海洋が変動しているかを理解することもできるでしょう。私たちが行ったサンプリングは、外洋からのサンプルを多数含むという豊かな側面を持っています。プランクトンを採取するため広大な海洋の真ん中に船で漕ぎ出すことはありふれたことではないので、非常に貴重なものです。こうした外洋サンプルは重要なリソースです。

質問:科学者としてキャリアを開始したとき、数百もの海洋サンプルをこのように全体的かつ完全にシーケンス評価できると想像していましたか?

CB:私は遺伝子を一つずつクローニングしていた世代であり、博士号の研究課題は遺伝子のシーケンスでした。これほど短期間にここまで来られたことは信じられません。私たちは探査について考え始めてすぐにイルミナシーケンスシステムを導入しました。当初は、海洋のあらゆるプランクトンのシーケンス評価を実現する手がかりはありませんでした。

PW:このプロジェクトは次世代シーケンサーなくして実現できなかったでしょう。

EK:このプロジェクトを開始したときでも、これほど迅速にシーケンス評価を実施できるとは考えもしませんでした。大いなる驚きでした。

質問:次回の地球規模の科学探査の出航はいつでしょうか?

EK:2016年に西太平洋のサンゴ礁がある沿岸での海水とサンゴのサンプル採取に注力する新しい探査を計画しています。この研究でもゲノミクスが大きな役割を担います。

このインタビューに登場するイルミナの製品やシステムについての詳細は、以下のリンクからご覧いただけます:

HiSeqシステム:www.illumina.com/systems/hiseq_2500_1500.html

参考文献
  1. de Vargas C, Audic S, Henry N, et al.Ocean Plankton: Eukaryotic plankton diversity in the sunlit ocean.Science.2015;348(6237):1261605.
  2. Sunagawa S, Coelho LP, Chaffron S, et al.Ocean Plankton: Structure and function of the global ocean microbiome.Science.2015;348(6237):1261359.
  3. Brum JR, Ignacio-Espinoza JC, Roux S, et al.Ocean Plankton: Patterns and ecological drivers of ocean viral communities.Science.2015;348(6237):1261498.
  4. Lima-Mendez, Faust K, Henry N, et al.Ocean Plankton: Determinants of community structure in the global plankton interactome.Science.2015;348(6237):1262073.
  5. Villar E, Farrant GK, Follows M, et al.Ocean Plankton.Environmental characteristics of Agulhas rings affect interocean plankton transport.Science.2015;348(6237):1261447.